今日は、満月ですね。
という事で満月に因んだお話です。
ちょといい話です。
お釈迦様の前生の物語
(月に面影を)
兎さんが何故月の世界に居るかと
言うお話です。
その昔
鹿野園(ろくやえん)と言う所に
狐と猿と兎が仲良く住んでいた
その狐と猿と兎は
仲良く仲良く友情厚く、
いとや安らけく暮らしていた。
そこへ
釋提桓因(しゃくだいかんいん)
と言う神、実はこの神は
帝釈天の事なのですが
その帝釈天がお年寄りの
お爺さんの姿に身を変えて
この三人がどの位仲良く
暮らしているのか
中でも菩薩の大業を収める事が
出来るのは、この三人の中で誰なのか、
それを確かめる為に
三人の前に姿を現した。
そして、こう語ったと言う
「私はな、お前さん達が、
とても仲良く暮らしているのを聞いて
嬉しくて、どんな暮らしをぶりを
して居るのか、
一遍お前さん達に会いたくて
此処まで訪ねて来たんだよ」と
なのだが、会ったばかりの
今君たちに迷惑を掛けてしまうのでじゃが
何日も、何日も、歩いて来たので
お腹が空いて、お腹が空いて、
済まないがお前さんたち、
私の為に、何か食べ物の
世話をしてくれないかと頼んだ
そこで 狐は川で魚を咥えて帰ってきて、
さあお爺さんどうぞと差し出した
猿は、
林の中に入って木の実を沢山持ち帰って、
さあお爺さんどうぞと差し出した。
ところが、兎だけは季節がら、自分の
食べ物さえなくて困っている時でした。
必死になってあちこち
食べ物をさがすのですが、
どうしても見つかりません
そして、とぼとぼと帰って来て、
すごすごと、そこらあたりを、
さまようばかりで有りました。
それを見た、お爺さんは、君たちは
本当に、もっともっと仲が良くて
ひとつ心かと思っていたけれども、
この有様では皆てんでんばらばらだな
兎は、
兎で何にも持たずに帰ってきてくれた
ほかの二人はちゃんと食べ物を持って
かえって来てくれたが
何故、非力な兎の為に力を貸して
協力して食べ物を得ないのかと
そんな話をした時に 兎が
すまないが、猿君、狐君
枯れ木を集めて貰えないか私の為に
そして枯れ木を集めて、
ここにうず高く盛ってほしいんだと
兎は狐の様な牙も無ければ
猿の様に器用な手先も無く
小さな体は、非力でとても、
そんな事できませんから
猿と狐は、
兎の頼みを受けて
兎の為に枯れ木を盛って
上げてあげました。
そして兎は、
その枯れ木に火を付けてえ
燃やしてほしいと二人に頼んだ
そして、二人は考えていた、
いったい兎はどう言う事をするのかと
そして兎は、
積み上げた枯れ木に付いた火を見ると
粛然たる形相に姿を変えて、
兎は、喜んで炎炎と燃え盛る炎へ
歩み寄って行き、
私の身の肉を焼いて差し上げますので
どうぞこれを召し上がって下さい。
私の肉をもって、
お爺さんのひもじい思いを
助けて差し上げたいと思います。
言うが早く、
火の中に飛び込んでしまった。
帝釈天は、
その兎の姿を見てただただ感嘆、
こんな卑しい爺の腹減った、
ひもじさを
それを自分の体を肉を私に捧げて
そして私のひもじさを癒してくれる
これは正しく菩薩の業であると
こんな立派な精神をむざむざと、
無くする事は出来ない
そして、帝釈天は狐と猿に語った
私はこの兎を天に供のをて行って
この尊い姿を、教えを、
人々へ伝える為にお月様に住んで貰い、
仰がしめさせたいんだと。
そして自分が本来の
帝釈天の姿に成り戻って
あのお月さんの世界に供のをたと。
それが、お経の中に語れている、
お月さんの世界に兎さんが
住むという話になっています。
この兎は、
お釈迦様の前生だとも入れています。
私たちは、
兎の姿に捨身(しゃしん)と言う
尊さを、
観て感じる事が最も必要ですが。
己の思慮の浅さから
大切な兎を失った狐と猿の、
後悔も知り感じる必要が
在ると思います。
家族は基より、
友人、知人、そして他人様にも
もっと、もっと相手の気持ちに成り
相手の心に心情に
寄り添って行く必要が
有るのではないでしょうか?
かく言う私も、
狐と猿から抜け出せていませんが!
見慣れた月ですが綺麗なもんですね!
青い月の様な、
静かで穏やかな心が大切ですね!
黄色い月の様な
優しい心が大切ですね!
月食の時に、地球の影絵を映し
赤い月を撮ってみました。
月夜は、幻想的で心が和みます!
今宵は月見酒でも
如何でしょうか!
ご覧頂きまして
有難う御座いました。





