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北海道は冬本番、スキーに雪祭りと観光客が増えてくる時期でもある。
「このままじゃ不味いな……」
だが、ここに経営不振にあえぐ一軒のホテルがあった。
『高瀬観光ホテル』
50年も前から続く老舗ホテルで毎年それなりに客は来ていたのだが、今年になって状況は一変した。
彼らの住む町が財政破綻したのだ。
そう、『高瀬観光ホテル』はあの夕張市にあるのだ。
数々の報道により市のイメージは悪化、客足がどんどん遠のいていった上、税や水道料などの公共料金も上がり『高瀬観光ホテル』の経営をより圧迫し始めていた。
「はぁ~、このままじゃ……」
再び深いため息をつく隆一。
「どうしたんですか隆一さん、ため息なんかついて?」
事務室に入ってきた客室係の渡瀬小夜が声をかける。
隆一に対する呼び方からもわかるようにこの二人はただの雇用主と従業員ではない。いずれは結婚しようと約束した婚約者同士である。
「ああ、ちょっとね」
苦笑いをする隆一、隠そうにもこのホテルの現状は客室係である小夜も十分わかっていることであった。
「う~ん、これはちょっと厳しいわね」
「ああ、なんとか客を増やさないと……」
そうはいっても一度傾いた経営はそう簡単に立ち直るものではない。
既に5年前にホテル全体のリフォームは済ませている。温泉を掘る予算も無い。従業員も最低人数で何とかやりくりしている状態でありこれ以上人件費を削ることも出来ない。
まさに八方塞の状態であった。
プルルルル
内線電話が鳴る。
「はい、フロントでございます。はい、7時ですね。承りました。……う~ん」
電話を受けながらモーニングコールの表に書き込んでいく小夜であったが、受話器を戻しなにやら考え込んでいた。
「どうした? 何か苦情でもあったのか?」
「ううん、ねえ、このモーニングコールなんだけど……、ちょっと変えてみない?」
「変える? どんな風に?」
「ほら、前に話したことがあるでしょ。私の実家に住み着いている『枕返し』、彼に頼んでみたらどうかな?」
「ああ、でもそういうのはマニアックな客にはいいかもしれないけど……、一般の客は怖がるんじゃないか?」
「そんなこと無いって。あっ、そうか、隆一さんは『枕返し』のことよく知らないのね。彼はただ枕をひっくり返すだけの妖怪じゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「まあまあ、とりあえずうちの実家に行ってみようよ。道中おいおい説明してあげる」
「ふむ、そうだな。お義母さんに会うのも久しぶりだし、挨拶もかねて行ってみるか」
「うん」
こうして二人は小夜の実家がある郊外へと車で向かうことになった。
財政破綻で赤字債権団体と化した夕張市、そのせいか人気の少ない街中を抜け山間部に近い場所に小夜の家はあった。
「まあまあ、よく来たね。さあさ、上がって温まって」
母親が快く二人を迎える。
「ねえ、母さん。『枕返し』いる?」
「ああ、あたしの部屋にいるんじゃないかね。今はあたししか枕返す相手がいないからね」
母親がちょっとさびしそうに呟く。
小夜の家は母子家庭であった。小夜がまだ小さい頃に父親が炭鉱事故で無くなり、母親がパートなどで何とか小夜を高校まで卒業させ、『高瀬観光ホテル』へと就職させたのだ。
その後、小夜がホテルのオーナーである隆一と結婚することが決まったと聞いたとき、小夜の母親は涙を流して喜んだという。
「ねえ、『枕返し』いる?」
ガタガタガタ
天井板の一部があき『枕返し』が姿を現す。
『おう、小夜じゃねーか。久しぶりだな。なんだ、けっこういい女になったじゃねーか』
「あら、ありがと。それよりちょっとお願いがあるんだけど」
『願い?』
するすると柱を伝わり『枕返し』が小夜たちの前に降りてくる。
「ほら、昔、私を枕返しで起こしてくれたでしょ。あれを私の勤めるこの人のホテルのモーニングコールとしてやって欲しいのよ」
「お願いいたします」
『あんだって!?』
頭を下げる隆一を『枕返し』がジロリと睨む。
『冗談じゃねーや。俺が何でそんなことしなきゃなんねーだよ! 第一、俺は昔、この渡瀬家に世話になったからこうして住み着いてるんだ。身も知らない奴の手助けしてやる義理は無いよ』
「そんな事言わないで助けてよ。それにこの人は私の婚約者よ」
『婚約者!? お前、もうそんな色気づいたのか?』
目を丸くして驚く『枕返し』。
「い、色気づくって……、私もう24よ。十分結婚してもおかしくない歳でしょ!」
『そっか~、早いもんだな~』
感慨深げに呟く『枕返し』。しかし、すぐにその表情が引き締まった。
『そうか……、そういうことならお祝いに手伝ってやりたい気もするが……。でも、俺がここを出て行っちまったらお袋さん一人ぼっちになっちまうんだぜ』
「あっ」
「あっ」
若い二人が顔を見合わせる。
問題山積みの自分たちのことで精一杯でそこまで頭が回らなかったのだ。
するとそこへ母親が姿を現した。
「そんなこと心配しないでいいんだよ」
「で、でも母さん」
「なに、この家ももう古い。今年の雪に耐えられるかどうかわからん。ちょうどいい機会だわ。前々から隆一さんからは『一緒に暮らしませんか』って言われてたんだけどなかなか踏ん切りがつかったんだよ。『枕返し』、そういうわけだからこの二人の願いを叶えてやってくれないかい?」
母親はそう言うと所々傷んだ家の中をゆっくりと見回して微笑んだ。
『はぁ~、わかったよ。お袋さんがそこまで言うならやってやろうじゃないか』
こうして『枕返し』は『高瀬観光ホテル』でモーニングコール係りを請け負うことになった。
数日後、一人のサラリーマンが出張で『高瀬観光ホテル』に泊まりモーニングコールを頼んだ。
『パパ、パパ、起きて、朝だよ』
サラリーマンの枕がくるりとひっくり返される。
「んんん~、……おはよう……って、うわっ、舞、どうしてお前がここに!?」
目を覚ましたサラリーマンの目の前にいるのは今年小学校に上がったばかりの愛娘であった。
『残念ながら私は『枕返し』という妖怪だよ。パパはパパの中で一番起こしてもらいたいと思っている相手の姿が見えているんだよ。どう、気持ちよく起きれた?』
「……ああ、ありがとう」
サラリーマンは可愛い娘の笑顔に笑顔でそう答えた。
これこそが『枕返し』の特技である『化け起こし』である。
彼自体は変化するわけではないのだが、彼の持つ特殊な力により視覚と聴覚が摩り替えられ、最も起こして欲しい相手の姿と声になって伝わるのである。
実は小夜も父親がなくなったばかりの頃はこの技で父親に起こしてもらいずいぶんと『枕返し』に慰められていたのだ。
このサービスはたちまち噂となって広がり多くの客が高瀬のホテルへと宿泊を希望するようになった。
亡き母の姿を見るもの客もいれば、恋人の姿を見るものもいる。
変わったところでは三角関係に悩んだ男が宿泊し、朝起こしてくれたほうを選んだという馬鹿者いた。
何はともあれ、連日予約満杯の『高瀬観光ホテル』、その効果もあって夕張市も少しずつ活気を取り戻しつつあった。
一方、当の『枕返し』はというと……
「こら、けっこう面白いわ!」
起こしに行ったとき予想外の相手が出てきたときの顔、それを見るのを楽しみにしている『枕返し』であった。
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2日続けての『妖怪シリーズ』です。
皆さんは誰に起こしてもらいたいですか?
そして……
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