『心理カウンセラー募集、月給二十万+出来高、各種保険完備。初めての方も最初に十分な研修を行いますのでご安心ください』
求人雑誌に載っていた広告、ごくありふれたものである。
だが高瀬小夜の目を引いたのはその後に続く条件であった。
『幽体離脱経験者優遇』
これが小夜の心をくすぐらないわけが無い。
自称・幽体離脱の達人。
小夜は幽体離脱に関してはかなり五月蝿いほうであった。
「給料も悪くないし応募してみようかしら?」
時代錯誤も甚だしいセクハラ上司に蹴りを入れて退職したのが1年前、その愛らしい容姿を生かしキャバレーやスナックなどで食いつないできたが、そろそろちゃんとした再就職を考えていたところであった。
さっそく履歴書を作成し送ってみたところ面接の通知が返ってきたので、一応スーツを着込み指定されたビルへと小夜は足を運んだ。
(へ~、結構、集まってんじゃん)
狭いビルの一室、十八、九の若者から定年退職後と思われる老齢の者まで十数人集まっていた。
午前九時、予定時刻ぴったりに男女二人の担当者が小夜達の前にやってきた。
「皆様、遠いところお越しいただきありがとうございます。本日は健康診断と面接、その後適正試験を行い採用の有無を後日通知いたします。それでは男の方は右の部屋、女の方は左の部屋で健康診断を受けてください」
二人の担当者はそう告げるとそれぞれの部屋へと先に入っていった。
健康診断は意外と本格的なものであった。
分厚いアンケート用紙に記入させられ、採血、胃カメラ、レントゲン、そしてなんとCTスキャンまで行われたのだ。
(随分と大掛かりね)
就職難の時代に高校を卒業した小夜はそれこそ星の数ほどの会社を回ったが、ここまでガッチリと健康をチェックするところははじめてであった。
その後に行われた面接はかなり大雑把なものであった。
それは面接というよりも世間話に近いものであり、面接マニュアルをしっかり頭に叩き込んできた小夜にしてみればむしろ拍子抜けの感すらあった。
「それでは最後に適正試験を行いますので別室へ移ってください」
面接は一人一人個別で行なわれたが、この適正試験は全員同じ場所で行われるようであった。
(あれ、人数が減ってる?)
別室にやってきたのは7人、ほぼ半数までその数は減っていた。
(ふ~ん、健康診断か面接の時点でもう落とされた人がいるんだ。それにしても……)
小夜は物珍しげに部屋の中を見回した。
そこはまるでエステサロンにあるような寝心地の良さそうなベッドが並べられており、その脇には小さな機械、その機械にはまるで血圧を量る時に使われる腕帯(ベルト)のようなものが接続されていた。
やがて白衣を着た一人の男が姿を現す。
「皆さん、ご苦労様です。私は当社の技術担当をしている渡瀬敬吾と申します。今回の適正試験では当社が開発した機械を使って皆さんに幽体離脱をしていただきます」
室内がざわめく。
確かに『幽体離脱経験者優遇』とは書かれてあったが、まさかこんなところでに幽体離脱を強いられるとは思ってもみなかったのだろう。
「皆さん、落ち着いてください。この機械はちゃんと国の検査を受けた安全なものです。危険はまったくありませんから安心してください。まず、ベッドに横たわり機械に接続している腕帯手首の辺りに痛くない程度に強く巻きつけてリラックスした状態で休んでください。うちのスタッフも行いますのでそれと同じ要領でお願いいたします」
渡瀬の指示でスタッフがベッドに横たわり腕帯をつける。
みんなも最初は戸惑っていたが、スタッフも一緒にやるということで安心したのか同じように腕帯をつけてベッドに横たわりはじめた。
「それでは適正試験を始めます」
渡瀬が手元のメインスイッチを入れる。
「ウォ!」
「きゃぁ!」
「嘘!」
色々な悲鳴が上がる。
スタッフを入れて8人全員の身体の上にもう一人の自分が姿を現したのだ。
渡瀬がそれぞれの幽体の色や濃度を観察する。
そんな渡瀬の目にある場所で止まった。
スタッフを除くほとんどの被験者がこの状況に困惑しているのに対し、たった一人だけ平然としている女性がいたのだ。
そう、その女性こそ高瀬小夜であった。
渡瀬が小夜の幽体に向かって話しかける。
「え~と高瀬小夜さんですよね。随分と落ち着いてらっしゃいますよね?」
『ええ、慣れてますから』
「ほほ~、幽体離脱は割りと多いのですか?」
『そうですね~ 一日に1~2回は……』
「ほ~、それはまた随分と多いですね。今までの中で最長離脱時間はどのくらいになります?」
『う~ん、高校2年生の夏休みに5日間というのがあったのでそれがたぶん……』
「ほ~、ああ実体とはどのくらいまで離れられるのですか?」
『う~ん、記録に挑戦した事はありませんが国内でしたら北海道から沖縄まで行ったことがあります』
「なるほどなるほど、今の気分は如何ですか?」
『こういう風に強制的に離脱したのは初めてですけど、それほど普段との違和感はありません』
「そうですか。ご協力ありがとうございました。一応規定時間までこの状態でいてもらいますが、もし気分が悪くなったりしましたら直ぐに教えてください」
渡瀬は小夜にそう告げると次の被験者のところへと向かっていった。
やがて適正試験が終わり幽体が実体へと戻される。
その時の被験者の状態は様々であったが、ほとんどのものはかなり疲れているようであった。
その中で唯一、ピンピンしているのはやはり小夜であった。
「皆さん。ご苦労様でした。別室にお食事などを用意していますのでゆっくり休んで体調が戻り次第ご帰宅なさってください。内定の通知は後日郵送いたします」
こうして小夜の面接は終わった。
後日、小夜の元には内定通知が見事に届いた。
そして小夜は今最終面接に来ていた。
どうやらあの面接に合格したのは小夜だけのようであった。
面接官はあの渡瀬敬吾だ。
「おめでとうございます。あなたは内定が決定いたしました。当社としては是非とも入社していただきたいと思っています」
「ありがとうございます。その前に一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「職種は心理カウンセラーという事になっていますが、それとあの幽体離脱と何の関係があるのでしょうか?」
「ああ、はい、それは説明しようと思っていたところです」
渡瀬は手元のバックから色々な書類を取り出した。
「高瀬さん、あなたは『引き篭もり』というのをご存知ですか?」
「ええ、あの他人との接触を嫌って部屋の中に閉じこもってしまう奴ですよね」
「ええ、今社会問題となっているのですが、彼らの更正にはなんといっても話し合いが重要なのですが、まったくそれに応じようとしないのです。部屋にすら入れてくれないのですからどうにもなりません」
「ま、まさか……」
小夜に嫌な予感が走る。
「ええ、そこで幽体離脱したカウンセラーが壁もドアもすり抜けてカウンセリングするというのが当社の目的なんですよ」
「そ、そんなむちゃくちゃな。そんなことして上手くいくんですか?」
目を丸くする小夜に渡瀬はにこやかに答える。
「ええ、それが驚くほど上手くいくんですよ。引き篭もりの人たちっていうのは何事にも興味を失っている人たちが多いのですが、さすがに幽体離脱などという非現実的な事には興味を示してくるみたいなんですよ。そのせいか、話も比較的弾んで通常何年もかかるカウンセリング大幅に短縮されたという統計が出ているんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、これは社会的にも意義のあることなので是非君の力を貸して欲しい」
「う~ん……わかりました。よろしくお願いいたします」
小夜は迷った挙句この会社に入社する事にした。
実を言うとこの幽体離脱体質には少なからず悩まされてきたのだ。だがこの体質が世の中の役に立つというのならばそれもいいのではないかと考えたのだ。
さっそくカウンセラーの研修を受け現場へと入った小夜。
渡瀬の目は確かであった。
持ち前の明るさと豪胆さ、それに加えスナックやキャバレーで鍛えた会話術、さらに誰にでも好感の持たれやすい容姿、まさに最強のカウンセラーであった。
あっという間に小夜の業績は業界トップに登りつめ引っ張りだこの人気カウンセラーとなっていった。
「こんにちは~、はじめまして~」
小夜は今日も頑張っている。
壁をすり抜け、ドアをすり抜け、引き篭もりを無くす為。
小夜の幽体離脱は今日も止まらない。
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問答無用のカウンセラーです。
何処に引き篭もろうと彼女の前ではまったくの無駄なのだ。