「だからもうちょっと早く出ようって言ったじゃな!」


 助手席で渡瀬小夜は不機嫌そうに言った。


「いいじゃねーか、ちょうど海岸線沿いだし、ここからでもちゃんと見れるよ」


 高瀬隆一はハンドルを握りながら、小夜を宥めた。


 この二人の付き合いはもう長い、大学に入った直後、隆一が小夜に一目ぼれし半年間に渡る猛烈なアタックを続けた結果、やっとそのハートを射止めたのだ。


 それから二年半、無事、同じ会社に就職も決まった。


 今日は一月一日、昨日、甘い夜を二人で過ごし、初日の出を見ようと車で出したのだ。


 二人の住む帯広から襟裳岬までは二時間ぐらい、余裕を持って出てきたつもりであったが、海岸沿いの通称『黄金道路』に入ってからは、殆ど車が動く事は無かった。


 みんな考える事は一緒なのだ。


 日の出まではあと一時間、どう考えてもこのペースでは岬に辿り着く事は出来ない


「せっかく、岬で初日の出を見ようと思ってたのに~」


「そう言うなって、この分じゃ、例え岬に着けても人で一杯だぜ。おっと、」


 前の車がわずかに進む。


 それに合わせて隆一がアクセルを踏み、同じようにわずかに車を前に出した。


 渋滞というのは人を苛立たせるものだ。


 うっかりしてると、あっという間に後ろからクラクションが襲ってくるのだ。


「う~ん、ちょっとお腹すいたな」


 小夜がバックの中から買っておいたハンバーガーを取り出す。


「隆一も食べる?」


「いや、いい、食うと眠くなるしな」


「ふ~ん」


 小夜はハンバーガーをバックへ戻した。


「なんだ、食えばいいじゃん」


「なんか一人で食べるのって嫌!」


「まあ、いいや、んじゃ、コーヒーでも飲むか」


「そうだね、どっちにする」


「缶の奴、無糖がいいな」


「はい」


 プシュ


 コーヒーの香りが車内に漂う。


 車は全く進んでいないが、時間は間違いなく日の出の時間に迫っていた。


「……あれ、おかしいな?」


 隆一は完全に止まってしまった車のハンドルを離し、東の空を見て呟いた。


「どうしたの?」


「いや、もう直ぐ日の出だろ、でも、前々空が明るくならないじゃん」


「だって、まだお日様出てないよ」


「あのな~、いくら太陽が出て無くても、日の出が近づけば明るくはなってくるだろが!」


「そういえばそうだね。日の出の時刻間違えたんじゃない」


 小夜が携帯を取り出し、気象庁のHPにアクセスしてみる。


「どうだ?」


「ダメ、込み合ってて繋がらないわ」


「みんな考える事は一緒ってことか」


 隆一はカーオーディオをHDP(HDプレイヤー)から、ラジオへと切り替える。


『……りかえします。只今、国際地球自転管理理事会より発表がありました。地球の自転を補助しているシステムに問題が起こり、自転が減速しているとの事です。原因はまだはっきりした事はわかっておりませんが、一〇〇〇〇年問題の影響ではないかとの声もあります。まだ復旧の見込みはたっていないとの事です。繰り返します。……』


 ラジオのアナウンサーが速報を読み上げていた。


「だってさ」


 小夜が我慢できなかったのか、ポッ○ーをポリポリと齧りながら呟く。


「あ~、10000年問題ね。こんなとこに影響が出てるんだな」


 99世紀後半、地球の自転が急激に低下し始めた。


 現在、その自転を補う為に世界各地に設置された自転を補助する為のエンジンと、数万にも及ぶ人工衛星による電磁牽引により、二十四時間で一周という自転を保っているのだ。


 ここ数年、10000年問題で、このシステムが混乱するのではないかと噂は持ち上がっていたので、隆一達にしてみればいまさらといった感じであった。


 この時代、一日を決定しているのは『日の出、日の入り』ではなく、『時計』なのだ。


「こりゃ、長丁場になりそうだな。小夜、ハンバーガーくれ」


「うん、ちょっと待って、折角だから温めなおすよ」


 小夜はダッシュボードの荷物を取り出し、電子レンジモードへと切り替えた。


 隆一もそれに合わせて、シガーソケットに電源を差込、コーヒーを淹れる。


「おお、そうだ!」


 隆一が車の運転をオートモードに変える。


 車好きの隆一がこのモードを滅多に使うことは無い。


『だってつまんねーじゃん』


 というのが隆一の主張だ。


 でもさすがに食事ぐらいはのんびりしたいらしかった。


 暫くすると、車列の動きが慌しくなってきた。


「あっ、結構Uターンする車が増えてるよ」


「ああ、ほんとだ。まあ、暇人ばっかりじゃないからな」


 たとえ、日は昇らなくても時間は進む。


 一日二十四時間は変わらないのだから、予定のある人は初日の出を諦めて帰らねばならないのだ。


 二人が楽しくかなり早めの朝食をとっているうちに、車はするすると進み、いつの間にか岬が見えるところまできていた。


 空はまだまだ暗い、もう日の出の予想時刻から二時間が過ぎていた。


「どうする、一応岬まで行ってみるか?」


 駐車場に車を止め、東の空をうかがう隆一。


「そうね~、波の音だけでも聞いていこうか」


「そうだな」


 隆一が車のエンジンを切ろうとしたその時、ラジオからアナウンサーの声が聞こえてきた。


『国際地球自転管理理事会より続報が入りました。ただいま管理システムが復旧いたしました。これより、遅れたぶんを取り戻す為に20%増の速度で自転を早めると発表がありました』


 そのニュースを聞いたのか同じように駐車場に止めてあった車から歓声があがる。


「いこうよ! 今ならいい場所が取れるかもしれないわ」


「ああ」


 隆一はクーラーボックスから、缶ワインを二つ取り出しビニール袋に詰めると小夜と二人岬の突端へ駆け出した。


 さすがに20%増し、直ぐに東の空が赤くなり始めた。


「わ~」


 北の海独特の濃紺の水平線から、赤い太陽が昇り始める。


「10000年問題も俺たちにはラッキーだったみたいだな」


 隆一も眩しい朝日に目を細める。


 プシュ、 プシュ


「ほら」


 隆一が手袋をしている小夜の変わりに缶ワインの栓をあけて手渡す。


「乾杯!」


「かんぱ~い」


 カツン


 缶独特の安っぽい音が波音に混じる。


「ねえ、隆一」


「うん、どうした?」


「……これからもよろしくね」


 小夜の顔が赤く染まっているのは、初茜のせいだけではないようであった。



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色々と『突っ込み所』はあると思いますが、お正月ということで見逃してください。


元日という事でお正月らしいお話でハートフル(かな?)に仕上げてみました。


本当はもう一つ、とてつもなくダークなものもあったのですが、やはり元日ぐらいはと思いこちらにしました。