「どこまでいくんだ~

「直ぐにわかる」

 ぼやくハルにカナルがそっけなく答える。

 市街地を抜けた四人は立派な家々が立ち並ぶ高級住宅街に差し掛かっていた。

 あたりには通行人の姿も無く、路地の無い一本道がしばらく前からずっと続いていた。

 さらにしばらく歩き続けると両側の景色が急に変化した。

今までの大きな建物は姿を消し、こじんまりした一軒家や長屋と思われる建物が大半を占めるようになっていった。

 そしてその道は一軒の大きな屋敷の前で途切れていた。屋敷の前には大きな門が設けられており、そこには門番が二人槍を片手に周囲を見張っていた。

「ここで待っていてください」

 カナルはそう言うと門番のところへ向かい、なにやら話し始めた。

「ここって公爵様のお屋敷じゃないの?」

 チェリーが門の左右の柱に掲げられている旗を指差す。そこに描かれていたのは王家の紋章と公爵家の紋章だった。

「へー、公爵様ってのは宿の紹介なんかしてくれるのか?」

「そんなわけ無いでしょ、カナちゃんはここへ泊めてもらうつもりなのよ」

「泊めてもらうって、そんな簡単にいくものなのか?」

「そりゃあ、わたしやハル坊が急に泊めてくれって言ったって門前払いされるのがおちだけど・・・」

チェリーはそこまで言って、浮かない表情をしているルカに気付く。

(そっか、この娘は『巫女』として特別扱いされるの嫌いなんだっけ)

 チェリーはルカの傍まで行きその頭を優しく撫でる。

「あんまり気にしない方がいいよ。それに今回はこれしか選択肢が無かったのかもしれない」

「えっ、どういう事?」

「うん、もし仮にどこも宿が取れなくて野宿するようなことになったら、公爵様の顔を潰す事になってしまうわ。解るでしょ?」

 ルカがコックリと肯く。

「うん、いい娘ね」

 チェリーはギュッとルカを抱け締める。

 ちょうどそのときカナルが戻ってきた。

「何をしてるのだ貴様は」

「うらやましい?」

 ルカを抱きしめたままチェリーがニヤッと笑う。

「・・・・・許可が取れました。後についてきてください」

 チェリーの予想に反し、カナルは落ち着いた様子でそう言うと屋敷の方へ歩き出した。

「なんかつまんない」

 その淡白な反応にそうぼやきながらもその後をついていくチェリー。さらにその後をハルとルカもついていった。

 屋敷の中も外見に劣らず見事なものであった。金持ちにありがちな華美な装飾は無く、全体に落ち着いた感じでまとめられていた。

所々に飾られた石像や絵画も全体のバランスを考えられて配置されており、長きに渡り繁栄し続ける公爵家の歴史が見て取れた。

 だからといって全ての人がそれを実感できるわけではない。勿論根っからの庶民であるハルもその一人である。

「高そうな物がいっぱいあるな。ウィルソン公爵てのは随分金持ちなんだな」

パシッ

「いて!」

 チェリーに後頭部をいきなり叩かれハルが悲鳴を上げる。

「いきなり名前を間違えてどうするのよ!」

「あれ、違ったっけ?」

「違うわよ。『ウィルソン』じゃなくて『ウィンストン』。ウィンストン公爵家は王家とほぼ同じ歴史を持つ由緒ある名門なのよ。確か現在当主のラウエル・ウィンストン様は都で右大臣の役職を頂いているこの国の重臣なんだから」

「ふーん、じゃあ、今この屋敷には主がいないのか」

「今は御子息のジゼル・ウィンストン様が代理としてこの地を収めていらっしゃるはずよ」

「ふーん・・・・ん?」

 さして興味なさそうにチェリーの説明を聞いていたハルだが、何かを思い出したかのように急に立ち止まった。

「きゃん!」

 その背中にルカが顔からまともにぶつかる。

「いったーい、どうしたの急に立ち止まって」

「あ、わりい。いやな、『ジゼル・ウィンストン』って名前・・・どっかで聞いたことがあるような気がしてな」

「どこかって?」

「いや、それが思い出せないからこうして考えてるんだろうが」

 立ち止まっている二人に気付けチェリーが戻ってくる。

「どうしたの?」

「ハルが公爵様の名前に聞き覚えがあるんだって」

「ここの公爵様の領地は広いからね、どこかの町で耳にしたとしても不思議は無いわよ」

しかしチェリーの意見にいまいちハルは納得できていないようであった。

「いや、そういうんじゃなくてさ。もっと身近であったような・・・あっ!」

何気なく周りを見回していたハルの視線が一点で止まる。

「あっ!」

「あっ!」

 ルカとチェリーもその視線の先を見て同様の声をあげる。

「ジゼル・ウィンストンはわたしの兄上だ」

 その視線の先にいたカナル・ウィンストンが静かに答える。