私は自他共に認める程の







ファザコンです 笑
幼い頃から、
キョーレツに厳しかった母とは真逆に、
父はこの上なく、優しかった。
当時、母に叱られ、
しゃくり上げながら号泣する私に、
ほら、アキ、
数をゆーっくり、一緒に
数えてごらーん
って言って、
いーーー…ち
にーーーーーーい
さぁーーーーーーーん
と、一緒に数えてくれました。
すると、
呼吸するのも辛かったのに、
よーーーーーーーーーん…の段階で
嘘みたいに楽になってて、
父のその言葉は、
本当に魔法の一種なんだと、
本気で思っていました。
父は本と釣りと
お酒とタバコが大好きで、
いつもリビングでうつ伏せで横になり、
タバコを吸いながら、静かに飲んでいて。
私が二十歳を過ぎてもなお、
仕事が終わり帰宅した私は、
うつ伏せになってる父の背中に、
ただいまー
って覆い被さるような。
そんな父娘でした。
結婚し、2人の子供を産み、
子育てに奮闘する毎日を送るなか、
母からの電話。
あの時の事は、鮮明に覚えています。
当時の旦那に、急遽飲み会が入り、
子供と3人でレストランに行ってた時。
お腹すきまくってて
私はカルボナーラ大盛りなんぞ注文して、
運ばれるまで子供らとキャッキャ話を
してた時でした。
母からの電話。
父の咳が止まらず受信した結果、
肺がんだったと。
片方の肺が原発。
既に反対側の肺に転移。
肺がんの中でも悪性度の高いガン、
と言う報告の電話でした。
私、もう号泣。
レストランだろうと
子供の前だろうとおかまいなしに
流れまくる涙と鼻水。
…の、タイミングで。
はち切れんばかりの笑顔で店員登場、
おまたせいたしましたぁ
カルボナーラ大盛りです
いや、無理〜〜……。食べれないー。
私バカーーー……
それでもひとくち…は
かろうじて食べたなりよ…
でも、もう後はダメ…。
子供達も自分の分だけで精一杯。
結局私は、ほぼ全部残して
レジを済ませました。
初診から約1年後に他界した父。
最愛の、最愛の父でした。
あれから7年。
死後の世界があるとすれば、
父にまた会えるんじゃないかと。
そう思ったら、
自分の死への恐怖が、
薄らいだような、気がします。
お父さん。
お父さんが逝ってから 私は、
離婚して、再婚して、
今は、継母になったんだよ。
入学式の後、
ランドセル背負って会いに行った長女は、
もう、中学2年生にあがりました。
神様とか仏様とか、
よくわからないけど
私が全うしたアカツキには、
会えるかなー
会った時のために、
今を一生懸命に、頑張るよ。
っつか、
死んでどこに行ったらいい?
探さなくても
大丈夫かな

※ 私は基本無神論者です。
この記事も、ただ漠然と書いています。
特定の宗教を否定したり、
ご自身の宗教をアピールするような
メッセージを送るような事は、
ご遠慮下さいますよう
お願い申し上げます