冴羽の情報によると、高井(ドンキー)や真如苑を差出人にした郵便物の郵送活動は、近畿大学大学院生の喜多岡先生(北病院院長代理になった)が東京都知事であった青島さんや東京区長に郵送したのが始まりだったらしいと、真如苑活動を引き継いだ地球防衛軍(大和高田の正大使)は冴羽に教えていたそうです。『我が輩は猫である』の大学院生がニセ手紙を出したのを模倣したそうです。都市博をしようとしていた東京都に対して、「無駄なことはするな」と郵便物を送って、青島を真如苑で呪ったそうです。
青島は間もなく知事を辞めて、石原が都知事となったそうですが、東京都は奈良県の大和高田に高井という信徒がいるか、真如苑に問いただしたそうです。1999年には活動をする高井は有名人になっていたそうですが、高井はずっとその事を知らなかったそうです(笑)。
喜多岡先生は、北院長宅にも正大使名義で「心を正す大和高田消印の手紙」を送り、手紙のせいで医師免許停止になったと思い込んだ北院長は高井のマンションに来て喜多岡先生に言われるままに、「高井を叩いて確かめた」そうです(1996年9月)。北先生は免停になって麻原的北真理教教祖になり、松本をかるに指示して喜多岡先生を殺しました(1997年6月)。

