・映画オッペンハイマー(2023.7)(日本公開2024.3.29-)

・クリストファー・ノーラン監督作品.

・2024年3月10日発表第96回アカデミー賞

作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・編集賞・作曲賞

受賞作

 

 映画館で観た.

 良かったか?

 私は脚本の出来で評価するタイプなので,そういう意味では評価は高くない.

 映像とか構成とか曲とかは良かったと思う.カラーと白黒の使い分けとか.

 

 人類初の原爆実験で、大気に引火して連鎖反応で地球に空気がなくなる可能性が捨てきれないのに実験ボタンを押すところは非常にスリルがあった。ネタバレしてるとはいえ。


 原子爆弾の開発を主導した物理学者オッペンハイマーが,政府から利用された後はヒーローから転落し,赤狩りにあい,彼自身も原子爆弾開発に悩み,水素爆弾の開発に反対する,というストーリー.

 

 うーん.

 こういうの白人は好きだよね.

 俺たちは凄いんだ,凄いことをやったんだ,でもそれは同時に罪でもあるんだ,と.そういう人物像を望む.

 馬鹿じゃないから派手に俺たち強いし賢いしスゲー,

 とストレートには表現しない.

  一応,悩むふりもする.

 

 まあオッペンハイマーだって,何万人もの人間が死亡することを予期できて開発していて,実際に長崎・広島で14万人が死んだわけで,表向きは悩んでいたふりもするだろう.

 米国の大衆としても原爆の父がウキウキした顔をしてるより悲しげな顔をしている様を希望するだろう.

 だから,映画としては,そういうつくりになるわな.

 

 でも,オッペンハイマーの真の人間としての姿はよく描けていなかった気がする.

 

 戦後,オッペンハイマーが厳しく尋問されるシーンと,

彼の適役・原子力委員長ストローズの尋問のシーンが法廷ドラマのように描かれる.

しかし,それは単に

オッペンハイマーの国家機密アクセス権許可延長の審査と

ストローズの商務長官昇進に適切かを確認するための質疑応答

であって,収監とか刑事罰が科せられる可能性のある裁判などではない.

 

 ネットでは,国家機密アクセス権はく奪はキャリア終了・研究続行不可能を意味する,と書いてありましたが,それは大げさではないかなと思うのです.

 実際オッペンハイマー(オッピー)は1954年4月公職追放とは言っても,1966年までプリンストン高等研究所所長を務めていますし,理論物理学も実験物理学も平時の普通の物理学者として研究はできたはずです.

 

 それよりもオッピーをネットで調べると,人物としてもっと面白いし,この映画で描かれているのは彼の人生の内,米国大衆が見たい一面を切り取っただけ,という印象がします.私はこの映画に描かれていない彼の人生に興味が持てました.

 

 

 オッピーの人生の時系列:

 

 1904年4月22日ニューヨーク生まれ.両親ともドイツ系ユダヤ人.父はドイツで生まれ17才で米国に渡り,プロイセンから織物輸入で成功した人物で,母は画家.

 1912年8月(8才)弟Frank(1912-1985.2)出生,後に物理学者でマンハッタン計画にも参加し,子供三人に恵まれる.

 1925年(21才)ハーバード大学化学科を3年かつ首席で卒業し,英ケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所留学(実験物理学で有名).後に理論物理学が強いドイツ・ゲッティンゲン大学へ移籍し博士号取得.

 1929年米UCバークレーとCaltech大の助教授,1936年に教授.

 1936年(32才?)将来の精神科医ジーン・タトロックと恋人関係となる.弟Frankは共産党員と結婚.

 1939年(35才?)人妻キティ(29才?)と不倫

 1940年(36才?) キティが妊娠したため3人目の夫と離婚し結婚

 1941年5月(37才)長男Peter出生

 1943年(39才?)マンハッタン計画・ロスアラモス国立研究所初代所長就任

 1944年12月(40才)長女Toni出生・ジーン自殺(暗殺説あり.ジーンとは1,2年前まで会っていた)

 1945年5月(41才)ドイツ降伏

 1945年7月(41才)人類最初の核実験

 1945年8月(41才)広島長崎原爆投下

 1947年-1966年プリンストン高等研究所所長

 1954年4月12日(49才)公職追放

 1965年(61才?)咽頭がん

 1967年2月18日(62才)プリンストンの自宅で死去

 1972年10月妻キティ(62才)が死去(静脈血栓塞栓症)

 1973年初孫DorothyVandeford(Peter(32才?)の長女)出生

 1974年Ella出生(Peterの次女)

 1975年Charles出生(Peterの長男)

 1977年1月長女Toni自殺(32歳)

・2024年現在,孫Charlesは既婚で娘(ひ孫)が二人いて、ソフトウェア開発の起業家。

 

時系列ここまで.

 

 

 Peter Oppenheimer

で検索するとApple CFOを辞めてゴールドマンサックス(最高グローバル株式戦略家)とあるが,それは別人物.

 息子Peterは幼少期は不安症で母キティとうまくいってなかったようだ.

映画でもそれは描かれていた.

 オッピーの秘書が代理母をやっていた.学校では成績が振るわず,公立高校をなんとか卒業した.

高校一年生の時はオッピーが公職追放の尋問をされているときであり,同級生に親父は共産党員とからかわれて起こったこともあったらしい.

オッピーが死んだ1967年だから26歳頃か,オッピーが所有していたニューメキシコの牧場へ行き,

2022年時点で81才でもそこで暮らしている.長年大工として働いたそうな.1男2女もった.

Peterの長男チャールズは娘が二人いる.チャールズはソフトウェア開発もする起業家らしい。

 

https://ahf.nuclearmuseum.org/ahf/profile/toni-oppenheimer/

 

 Katherine Toni Oppenheimer

は,子供時代から(アルコール中毒だった)母キティとうまくいかなかった.

十代から喫煙と飲酒をした.母娘が犬猿の仲だったことは近所も目撃している.

父オッピーともまた関係は悪かった.

オッピーの氏はToniの精神状態を悪くした.

 FBIがToniに国家情報アクセス権を与えなかったために,国連の翻訳職に就職できなかった.

 そして32才の誕生日の翌月に自殺.

 

 

 

 

上のヤフーニュースでは,映画の宣伝のためとは言え,のんきにオッピーの妻キティをポジティブに描いているけれど,

実際にはアルコール中毒で子供らとの関係もうまくいかなかったようだ.

キティの妹はキティのことを嫌っていたようだ.

 

 

 

 

上で,私が映画を観て感じていたことが載っていた.

He once told historian Priscilla McMillan that “my father’s tragedy was not that he lost his clearance, but my mother’s slow descent into alcoholism.

 

Peterが歴史家に話したところによれば,

父オッピーの悲しみは公職追放ではなく,母キティが徐々にアルコール中毒になっていったことだ.

 

そうそう.これこれ

これですよ.

 

 映画の原作は

『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』

 

という2005年出版の伝記本なんだけど,タイトルの栄光は良いとして,悲劇は映画で強調されていたような公職追放尋問ではなく,家族の不幸のことですよ.

 

 オッピーは,恋人ジーンにしろ妻キティにしろ娘Toniにしろ精神的に安定した女に恵まれない.

ジーンやキティは男を惑わす魅力みたいなものもあるのだろうね.

実際キティは4人の男と結婚しているわけだし.

 

 息子らにはこういう女に騙されない教育をしたいものなんだけど.受験勉強や就職活動よりずっと重要なこと.

 

 勉強できずに一生大工だったけど子供三人いたPeterの方が幸福だったかもしれない.オッピーは死ぬまで孫に会えなかったし.

 

 オッピーはハーバード大を3年で首席で卒業するくらいだから勉強はできたし研究も出来て出世もしたわけだけど,真の幸福は得られなかった.

 

 映画に出てたアインシュタインは孫1人ひ孫5人。ゲーデルは子供無しで、妻の料理以外毒を疑って食べなかったが妻が入院したため餓死。

 ひ孫は普通は8人はいるはず。でないと人口保てないから。

 

 やっぱり配偶者選びは人生にとって重要。それより重要なのは子供だけど、これは運もあるので多く産んで確率的に期待値をあげるしか解決方法は無い。幸い今は少子化で社会も応援してくれるし。


 幸福になるためには能力主義では駄目で,周囲の人間との関係が大事という話を(過去記事1)などで書いた.

 

(過去記事1)