(過去記事1)の続き

 

https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?f=eyJwb3N0X2lkIjo1Mzg1NywiZmlsZV9wb3N0X2lkIjoiNTM4NjIifQ==&post_id=53857&file_post_id=53862

近藤氏の論文の

第5節.まとめと今後の課題

 

中学入試偏差値が外生的な要因によって一時的に変動しても、その学年の大学合格実績が連動して動くことはないという結果を得た。

一方で、こういった内生性を一切無視した推定では中学入試偏差値と大学合格実績の間に強い相関が確認された。

大学入試の結果は、中学入学段階ですでに決定されていた学力よりも、入学後の学校のインプットによって左右される面が大きく、かつそういった学校の質の違いを中学偏差値が反映していることが示唆される。

 

この3文中,はじめの2文は良いのです.問題は最後の文ね.

第一文第二文の帰結としてすぐに第三文へは飛びすぎると思う.

 

入学後の学校のインプットによって左右される面が大きく

 

ってところ.ここは納得しがたいし,近藤氏の推測にすぎなく,ここの部分は実験で調査されてはいない.調査によって分かったのは第一文と第二文でしょう.

 

このように、進学実績の高い私立中学に入学することによって、実際により良い大学へ入れる可能性が高まることが間接的ながら示されたことは、教育の機会平等という観点から重要なインプリケーションを持つ。

 

 ここも議論がとんでいる.

(*)個人が進学実績の高い私立中学に入学することによって実際により良い大学へ入れる可能性が高まる

ことは示されていない.

 

 論文を批判的に詳細まで読まないで,アブストラクトとこのまとめの文だけざっと読んだら鵜呑みにしてしまうひといるでしょう.ここは気を付けたい.

 

 この論文では,(*)は示されてはいない.サンデーショックは大学進学実績に影響をあたえなかったということをかなり粗い指標で調べただけのことである.もっと詳しく調べたら逆の結果がでてもおかしくはない.

 

合格延べ数だけ見ている時点で成績上位者層がどれだけ頑張ったかを調べているだけで,成績下位層の合格実績(不合格実績)は数値にでてきていない.

 

 

論文p79で

まず、統計分析によって直接示すことができたのはあくまでも、中学入試の偏差値の一時的な変動が大学合格実績に直接影響しないということのみである。

 

そうそう.その通りです.上では筆が滑っただけで実際には分かっていらっしゃる.

 

(#)このため、「では何が大学合格実績に影響するのか」という問いにははっきりした答えが出ていない。

 

そうそう.これが大事.

 そしてこの論文では,これは今後の課題としている.

 

のためには、各生徒の中学あるいは高校の入試の結果の詳細が分かり、かつ大学合格実績まで追えるようなデータが必要である。私立学校よりも、都道府県内の統一テストによって選抜される公立高校の方が分析に適しているかもしれない。今後の研究課題としたい。

 

うんうん.そうそう.同意します.もっとより精密なデータが必要.この論文のデータでは粗すぎる.ある意味,誰でも手に入る出版物からのデータしか使っていない(まあ一部は日能研や四谷大塚からバックナンバーを閲覧させてもらう手間はとったようだ).プライバシーにもかかわる社会科学なので研究は難しいのだろう.

 

 ただ,今後の課題としながらも,近藤氏は,(#)に対しては,

 

この「何か」の候補としては、例えば、ランクが高いとされている学校に通うこと自体が生徒のやる気を高めたり、難関大学に例年多数合格者を出すことによって何らかのノウハウが学校側に蓄積されていることが考えられる。つまり、中学入試の難易度が高く大学合格実績も高い状態を維持することそのものが、大学合格実績を押し上げる効果を持つのである。

 

 この近藤氏は,偏差値の高い中学に入れることが学力を上げるということを(検証されていないとしつつも)前提としており,そのうえで,その理由を探っているが,

 

(*)はこの研究では明らかにされていない.

偏差値の高い私立中へ入れることが公立中へ入れることより学力の伸びの点でメリットがある

とも研究で示されていない.

 

 示されたのはあくまで,

サンデーショックによる中学入学時偏差値の変動が,6年後の大学合格実績へ影響しているという事実を粗い解析で確認できなかった

と言うだけである.

 

 まあある意味調査研究としては成功ではない.発表する価値はあるが,インパクトのある結果にはなっていない.これは近藤氏を批判しているわけではない.一般向けの記事でことさら取り上げるような決定的な証拠をつきつけたわけではない.近藤氏にしてみればアブストラクトで最後の一文は辞めた方が良かったにしろ,本文では学者らしく,客観的に示されたこととそうでないことを分け,そうでない可能性についても複数述べて注意を促している.近藤氏にしたら,生涯最高傑作というわけでもない普通の論文を意に反して注目されすぎて,一般の人の目にことさら強調して真の意図を誤読されすぎてちょっと迷惑だろう.

 私としてはサンデーショックという着眼点は新しいにせよ結局研究手法として粗いデータしか扱えなかったので本当に知りたいことについては確度をもって結論出せなかった,というところだと思う.社会科学学の論文としてはよくありがちなもので,この近藤論文だけをことさら批判しているつもりはない.正当に評価しようとして書いている.誰に恨みもありません.

 

 

  なぜサンデーショックが大学合格実績へ影響しなかったのか?

 

 私が考える理由は2つ.

 

 1.大学合格実績のデータが粗すぎるので,年度による差が見つけられなかった.

 

 合格延べ数なので,成績上位の学生が沢山合格数もらったか,難しい学部ひとつより易しい学部沢山狙った人が多かったか,そんなことに大きく依存してしまう.

 

 例えて言えば,身長高いほうがバスケットボール得意だろうが,各チームの最低身長を比べて高い方が勝つかというと,30cm以上の大差ならたぶんそうだろうが,小差なら全く言えないだろう.ましてや大切な試合や草試合も含めて延べシュート数で測ったら差なんかなくて当たり前.チーム内最低身長の選手を1ー2cm高い選手に交代したって,結局最高身長の選手がほとんどのシュート決めるんだろうし.


 

 

 2.サンデーショックの中学入学者に与える影響が小さい.

 

 実際に論文p67表2(過去記事2)にあるように,中学入試偏差値に与える影響は小さかった.差があったといっても少しだ.2月1日入試日の非プロテスタント学校で実際に前年と翌年の両方より良かったのは半数未満だった。偏差値1上昇しただけでカウントしている。

 しかもこれは四谷大塚調べだ。大学入試共通テストのような統一テストの点数があるわけでもないので、入試偏差値の計算自体、かなり怪しい。ましてや四谷大塚偏差値の少しの変動は真の入試難易度の変動を意味していない。各学校の問題の質も採点基準も違うわけだし。

 その合格最低点は入学者の総体としての学力(ないし大学合格のべ数実績をつくるような成績上位学生の学力)に与える影響は小さかったのだと思う.

 調べるのであればFランク大進学者とか留年率とかという手もあったかもしれない。

 中学入試偏差値と大学合格実績に正の相関がある

 と論文にはあるが、そりゃ、偏差値30から70まで71校でデータを取れば、学校としての偏差値と学校としての合格実績に相関があるのは当たり前である。それに比べてサンデーショック(偏差値変動)は小さすぎた。2004年サンデーショックを研究から除外した理由と同じ理由で1998年サンデーショックもこの調査方法で調べるには小さすぎた。

 そりゃサンデーショックによって偏差値が20も30も変化したのに大学合格実績で変化が見られなかったのであれば、学校に何かあったと考えてもいいだろう。それだけ違うならば。

 

 例えていうならば、地球が丸ければ、海の向こうからやってくる船はまず帆が先に見え、船体が後から見えるはずだ。しかしながら、肉眼で観察したところ、そのような時間差は確認できなかった。よって地球が丸くないことが間接的に示唆されたことになる。

 と言ってるのと同じ。

 粗いデータを粗い手法で調べても繊細な情報が認識できるはずがない。

 うん,

 

 ・中学入試偏差値=中学入学時点での身長

 ・大学合格実績 =6年後のバスケットボール試合でのシュート数

 

 の例えは良いかもしれない.シュートの技術は身長だけで決まらない.身長140-190cmのスパンで調べれば身長とシュート数に相関関係があるのは当たり前.だが,6年前の身長1-2cm差はシュート数の差に表れない.

 

 

 (#)で考えられる成績を”見かけ上”上昇させる”何か”であるが,それが必ずしも個人の成績を上昇させるものではないと思う.

 

 例えば,有名女子校なら,母,姉,叔母,恩師など,親密な人がそこ出身だということがあり得る.親しい友人がそこを志望しているので自分も同じ学校へ行きたいのかもしれない。または地理的な都合でそこ以外は通学が難しいのかもしれない。

 入試日が変わるなら併願パターンは変わるが,結局入学する中学は,そういう第一志望校だろう(論文p68脚注12でも近いことは書いてある).

 だから結局,最低偏差値は1,2上がったとして,(10も20も上がるのなら別だけど)実際の中学入学者の全体レベルへの影響は小さいと考えられる.

 

 

 

    

結論

 

 

 いかがでしたでしょうか?

 

 結論としては,この論文では,

(*)個人が進学実績の高い私立中学に入学することによって実際により良い大学へ入れる可能性が高まる

ということは示されていない

ということです.

 

 気を悪くした方御免なさい.近藤氏の論文の価値自体を否定してはいません.良いと思います.ただアブストラクトと第5節にそれぞれ一文ずつ誤解されやすいところがあり,本文を良く読まないと,何が研究で示されていて何が著者の私見かが分かりにくかったとは思います.

 (過去記事3)で取り上げた動画の塾講師の方やPRESIDENTオンライン記事執筆者(大学教員)にも恨みはありません.人格や能力に問題があるなどとは全く思っていません.ただ一般の読者に誤解されるといけないなと思って書きました.おふたりとも原著論文を正しく引用していて議論を作るという意味ではよい態度だとは思いました.

 

 社会科学や経済学はもともと曖昧なのでいろんな見方はあります.まあ,仲良くやりましょう.まあ私が間違っている可能性もありますし,今後の研究によっては,異なる結果が出て私も意見が変わるかもしれませんが.その時は反省はしますが謝罪はしません.学問的議論を下だけのつもりですので.

 

 

5回シリーズとしてはこれで終わりだけれど,以下は補足記事.高校数学プラスアルファ程度の数学で論文の具体的内容がより深く理解できます.

 

 (2024.4.24水 追記)

近藤論文では、中学入試の偏差値として四谷大塚80%偏差値を使っていたが、50%偏差値を使うべきだということと実質倍率についての意見を次の記事に書いた。

 

 

 

 

 

 

(過去記事1)

 

 

 

(過去記事2)

 

 

 

(過去記事3)