カウ天使を手にした美香子に笑顔が戻った。栗坂はその笑顔にほっとしていた。これで、美香子が生きようと思ってくれたら、ドナーが見つかったらと願った。

  2ヶ月が過ぎた。一向にドナーは見つからなかった。美香子は、栗坂の前では明るく振る舞っていたが、1人になると声を押し殺して泣いた。気持ちを支えていたカウ天使を見るたび、こんな小さなマスコットに頼った自分の愚かさを嘲笑われている気さえした。
  それからまた数週間が過ぎた。美香子からすっかり笑顔が消え、症状は徐々に重くなっていった。美香子は引き出しにしまい込み、見ることさえ辛くなっていたカウ天使を取り出すと、これまで抑えていた感情が一気に爆発した。
「カウ天使なんて、カウ天使なんて何の役にも立たない。こんなの、もういらない!」
美香子がカウ天使を床に投げ捨てようと、握りしめた手を振り上げたその瞬間、手の中のカウ天使が動いた気がして手を止めた。そこへ、栗坂が入ってきた。栗坂は慌てて美香子の手を押さえた。
「だめだよ。このカウ天使は、僕たちのために譲っていただいたとても大切なものなんだから」
「ごめんな…さい」
苦しそうな息遣いの美香子の瞳から大粒の涙がいくつもこぼれ落ちた。
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから。」
栗坂は美香子をやさしく抱きしめた。そして、言った。
「もう、美香子がカウ天使をもらってから88日が過ぎたよね。だったら、その子を僕がもらってもいいかな?」
「え?どうして?私のためにもらってくれたんじゃないの?」
「カウ天使の本当の使い方はね、次の人にあげて次の人が大切にしたら、前の持ち主が幸せになれるんだよ」
「そうなの?」
「今までは、美香子じゃなくて、このカウ天使をくれた上見さんが幸せになる時間。これからは、美香子が幸せになるために僕が大切にするから」
「うん。私…、さっきひどいことしようとしたわ。ごめんね」
美香子はカウ天使をそっと撫でると、栗坂に差し出した。
「遙介さん、大切にしてくれる?」
栗坂は何度も頷いた。そして、栗坂は両手を差し出し、まるで仔犬を扱うようにやさしくカウ天使を受け取った。
「大切にするよ」
カウ天使を見ながら、栗坂の目にもまた涙が滲んでいた。