私たちはよく、お金がない、仕事に不満、時間がないなど
『ないない』よく言っているけれど、
なんだかんだ毎日ご飯が食べられている
雨風をしのげるお家がある
着る洋服もある。
お金がないといっても毎日暮らしていくだけのお金はある
スマホだって持っている
嫌だ嫌だと思いつつも働く場所がある
周りを見渡すと私たちは沢山の『ある』に囲まれています。
日々過ごす中で、不満や不足に目がいきがちだけど、
今目の前の『ある』に目を向けると
沢山の『ある』がある。
目の前の『ある』を見つけることで
今どれだけ恵まれた状態で過ごせているか
ついつい忘れがちな日常の沢山の『ある』に目を向けるだけでも
ありがたいなとほっとする気持ちになれます。
なので『ある』に目を向けるワークは私も定期的にしていたのですが、ふと不安に襲われる時がありました。
特に自己否定や未来への不安や恐怖が強かった私は
雨風を凌げる家がある
→今はあるけど、一文無しになって住む所がなくなったらどうしよう。
お金もなんだかんだ入ってきてくれている
→今は入ってきているけど今後入ってこなくなったらどうしよう
家族がいてくれる
→いつまでも生きているわけではない。家族がいなくなった先はどうしよう
健康に毎日を過ごせている
→突然大きな病気になったらどうしよう。健康でいられるのは今だけではない。
とかね。
あるに目を向けると、これがなくなったらどうしよう・・・って不安になり
それを埋めるために、今行動しとかなきゃ!!って焦って動いたりして、空回りしていました。
まぁそのネガティブな感情も行動につながる大事な原動力にはなるので大切なのですが、不安や恐れが強かった私は、今はあるけど、いつかなくなったらどうしようっていう方に引っ張られがちでした。
でもね、ある時気づいたんです。
目に見える物質的なものにしか、目を向けていないって。
でも、物質的な何かって変化していくものだし、いつまでもそれがあるとかないとか、そういう視点で見ていても堂々巡りだなって。
なので、目を向けるべきものは物質的な何かではなく、『自分の内側』であり自分の存在
・前よりも自分を否定することが減った気がする
・随分と自分に寄り添えるようになったな
・前よりも落ち込みにくくなった気がするな
・前よりも自分のことを信じてみようって思えるようになったかもな
・ネガティブの感情だって必要なんだよなとか思えるようになったな
とかね。
外側の目に見えるモノとか誰かがいてくれるとか、誰かが何をしてくれたとかではなく、自分の外にあるものではなく、自分の内側の『ある』を見つけること。
自分の内側の変化じゃなくても、
・ご飯を食べておいしいって感じられているな
・嬉しいことがあって嬉しいって思える自分がいるな
・悲しい辛いって思える感情があるんだな
・好きなことをして幸せだなって感じられている自分がいる
自分の内側の『ある』に目を向けるようになると、これがなくなったらどうしようとかっていう不安が随分と減りました。
また不思議と他の人の何かと比べることも減ってきた気がします。
感情は私の中にいつだってある。そしてどんな感情だって感じることができる。
こっちに目を向けるようになってからは、どんな感情も大切な自分の一部なんだよなって思えるようになり、だからこそ自分の感情を大切にしようっても思えるようになりました。
だって感情は生まれたときから、最後お空に帰るまでずっと内側にあってくれるもの。
だから本当の『ある』というのは、わたしたち内側の感情のことなのかもしれません。
