村椿輝雄さん。かつての甲子園の名投手。1958年夏の甲子園の
徳島商業(徳島)vs魚津高校(富山)は延長18回0ー0引き分
けで再試合。「蜃気楼現象」とも呼ばれたその名試合を投げぬいた
魚津高校のエースだ。対する徳島商業のエースはアノ板東英二さん


ゆうべ行った焼き鳥屋さん。アルバイトの女子大生は富山県は魚津
市のお隣の滑川市出身とのこと。「村椿さんて知ってる?」「誰で
すかそれ?」「あなたの地元では英雄のはず。ご両親は知ってると
思うよ。」というとお店の大将が「いや~、それもビミョーだと思うよ。だって古い話しだもん。」とな。彼女に「では板東英二さんは知ってる?」と問うと「当たり前ですよ!」

あわわ、板東英二おそるべし。
大越基さん。今年の春の選抜高校野球大会に出場する山口県の早鞆高校野球部監督だ。仙台育英高校時代の夏の甲子園準優勝投手という輝かしい実績をひっさげ早稲田大学の野球部へ。

約20年前、高田馬場駅で彼をみかけた。失礼ながら個性的な容姿を見まごうはずがない。しかし何かおかしい。髪がぼさぼさで猫背で両手をポケットに突っ込んで不遜な表情だ。大学野球の名門で研鑽している風にはとてもみえない。そのときすでに彼は野球部を退部、果ては退学してしまっていたことをのちに知った。腑に落ちた。

その後スポーツ新聞には彼が米国1Aのサリナスという球団に入団したとの記事が。

1999年9月末、シリコンバレーからロスアンゼルスへ南下する途中、私は運転に疲れて安いモーテルにチェックインした。町の名はサリナス。本当に何もないド田舎だ。甲子園の桧舞台からあのド田舎の球団に辿りついた気持ちはどんなだったろう?
(余談:そこで夕食に入った中華料理店で「あんた日本人か?東京で核爆発があったぞ!」と聞かされ慌てて東京に電話を入れると東海村の臨界事故のことだった。日本人はこれまでちゃんとできたことができなくなっていくのだろな、と予感した。その予感が不幸にもいま的中している。)

彼はその後米国から帰国し福岡ダイエーホークスに入団。投手から打者に転向し引退。そこまでは知っていたが、その後はまったく彼の名前を思い出すことはなかった。

そして今年のセンバツ出場校決定の報道で彼の名前を久しぶりに聞いた。紆余曲折を経て監督として甲子園に帰ってくる大越さんがどのような采配を振るうか私は楽しみにしている。
その「ミニミニ・エルサレム」で思い出した。

当地は外国人も多いがそのまえに他県からの流入者も多い。クルマ
のナンバーをみれば北海道から沖縄まで様々。

去年だか一昨年だったか、路肩でクルマ2台を止めて車外で談話中
の大学生らしき男子2名。後ろの車が鹿児島ナンバーだ。車体を見
ながら決して楽しそうではない。どうやら2人は他人同士で接触事
故を起こしたあとらしい。そして前のクルマが、、なんと会津ナン
バーだ!!幕末の因縁の組み合わせではないか。

今でも東京など都会で知り合ったそれぞれの出身の男女がそれぞれ
の実家で相手を紹介するときに露骨にまずい空気になったりすると
いう。それほど遺恨が深い間柄。

あの接触事故の2人のやりとりはどんな感じだったのだろうか。ま
さか自分も停まって聞きに行くわけにもゆかず通過したが。そのま
えに言葉は通じ合ったのだろうか。また、もしナンバーをみてエキ
サイトして加速して突っ込んだなら前後が逆のほうがわかる気も
するのだが。