巣鴨 =おばぁちゃんの原宿を歩く①=
徳川慶喜公屋敷跡~真性寺~とげぬき地蔵~赤パンツの「マルジ」
<全行程>
おばぁちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨を歩いてきました。
巣鴨駅をスタートに、まずは巣鴨駅近くの「徳川慶喜公の屋敷跡」へ。 続いて江戸六地蔵を奉安する「真性寺」、旧中山道地蔵通り商店街を歩いて、人気のとげぬき地蔵「高岩寺」。 その先これまた「赤パンツ」で著名な「マルジ」。 そこからは「墓マイラー」となってお墓探し。
著名人のお墓を訪ねて、染井霊園~勝林寺、慈眼寺、本妙寺、すがも平和霊園=功徳院・東京別院~巣鴨庚申塚と回りました。
今回はその1「巣鴨駅~赤パンツ・マルジ」までをレポートします。
<スタートは巣鴨駅 正面出口から>
JR巣鴨駅正面口から南口のほうへ回り、白山通り(=国道17号)を渡り、少し歩くと「徳川慶喜公屋敷跡」の説明版(掲示板)があります。
<巣鴨駅付近の地図>
① 徳川慶喜公(梅)屋敷跡
慶応4年(1868)、徳川慶喜公は鳥羽伏見の戦いに敗れ江戸に戻りました。 朝敵とされてしまった慶喜公は寛永寺~水戸で謹慎しますが、水戸は不安定な状況で危険でもあったため、駿府に移りました。謹慎中は、徳川秀忠生母のお愛の方・西郷局の墓所のある宝台院に住居しています。明治2年、謹慎が解かれ住居を静岡市紺屋町の元代官屋敷に移しています。
<徳川慶喜公>
(ネットより借用)
こちらが宝台院(静岡)の「徳川慶喜公謹慎の地碑」
明治7年の廃藩置県で徳川宗家・徳川家達は東京に移りましたが、慶喜公はそのまま静岡にとどまりました。渋沢栄一翁曰く、「それは勝伯(勝海舟)が慶喜公を駿府に押し込めたからだ」と憤っています。
慶喜公が東京に戻ったのは明治30年、巣鴨の中山道道沿いに住居を構えました。敷地3,000坪、建坪400坪ほどの屋敷で、庭の奥は故郷水戸に因んだ梅林があり、町の人々からは「ケイキさんの梅屋敷」と呼ばれて親しまれたと言います。
慶喜公が巣鴨に住んだのは4年間。鉄道が近くを通ることが決まり、騒音を嫌って現文京区小日向へ移ってしまいました。
<徳川慶喜巣鴨屋敷跡碑>
慶喜公は徳川15代の将軍の中で最も多難な将軍だったと思いますが、明治35年(1902)に宗家から独立して徳川慶喜家を起こし、公爵に叙され貴族院公爵議員に列しました。
ちょっと復活できた慶喜公でしたが、大正2年(1913)11月22日に薨去されました。享年77。家康公よりは少しだけ長生きされました。
中山道を少し駅の方向に戻ってくるとJRの線路を越えた路地に「染井吉野の碑」があります。
この線路際の路地は「すがも桜並木通り」。
◆「ソメイヨシノ」は豊島区染井が発祥の地です。
桜の代表的な品種「ソメイヨシノ」は、江戸末期から明治にかけて、染井村(現在の豊島区駒込)の植木屋さんが売り広めたと言われています。その後、ソメイヨシノは全国に広まっていきました。豊島区がソメイヨシノの故郷です。
ソメイヨシノは「オオシマサクラ」と「エドヒガンサクラ」の交配種といわれていますが、奈良吉野山の山桜と区別するため、地名である染井(駒込の大字)を冠して「ソメイヨシノ」と呼ばれるようになったとか。
ソメイヨシノの発祥そのものは明確ではないようで、自然交配説もあるとのことですが、植木の里である染井で園芸種との交配で作出された可能性が一層高まってきているとのことです。
「ソメイヨシノ」という名前は、明治33年(1900)、東京帝室博物館(現在の東京国立博物館)の藤野寄命という人が、日本園芸会雑誌で命名を報告したことが始まりとのことです。
ソメイヨシノは割合と寿命が短いといわれていますが、AIによれば、東京で“現存する最古級”として最も有名なのは、 豊島区駒込・染井吉野桜記念公園にあるソメイヨシノ(推定樹齢約120〜140年)だそうです。
全国的にいえば、青森県・弘前公園の桜が著名ですね。
ソメイヨシノの碑から駅前を通り過ぎていくと、国道17号(白山通り)はちょっと分岐します。国道17号から分岐した細い方の通りが「旧中山道」、地蔵通り商店街です。
◆巣鴨地蔵通商店街
巣鴨駅から都電荒川線庚申塚停留場までの道路沿いに、約800メートルにわたって広がる商店街。この通り、元は中山道の一部でしたが、巣鴨駅前を通る国道17号がバイパスとして設置されたことで、現在の道路行政としての名称は「旧中山道」となっています。
国道17号の通称は「中山道」となっていますが、中山道は正式には西巣鴨交差点以北なのだそうで、この辺りは「白山通り」と言うのが正しい。
◆巣鴨のこと。
巣鴨はもともと武蔵国豊島郡巣鴨村という一つの農村でした。はじめは一帯のほとんどが畑を中心とする純農村地帯でしたが、江戸が大きくなるにつれて、中山道の街道沿いに集落や町場が形成され休憩地として賑わうようになりました。
また、下高田・雑司谷・巣鴨・上駒込などには大名の下屋敷・抱屋敷が置かれ、巣鴨には幕府の御薬園が設けられています。一方で、村の大部分は畑地のままで、江戸市中向けの野菜が盛んに作られ、「巣鴨だいこん」「巣鴨こかぶ」などの名産も知られていました。また、菊づくりでも評判が高く、趣向を凝らした菊の形作りが名物となり、見物客を集める花どころでもありました。 今でも11月には菊祭りが開催されています。
<江戸名所図会 巣鴨庚申塚>
明治24年には、とげぬき地蔵尊・高岩寺が上野山下から巣鴨へ移転し、現在では「とげぬき地蔵尊」と「江戸六地蔵」の2つのお地蔵様と巣鴨庚申塚(猿田彦神社)」に守られて、商業の街・信仰の街としてお年寄りを中心に若い方々にも親しまれています。
特に、高齢者の女性が多く訪れることから、近年は「おばぁちゃんの原宿」と呼ばれるようになっています。
② 真性寺(眞性寺)
=医王山東光院真性寺 真言宗豊山派=
創建年代等については不詳ですが、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開いたと伝わっています。
江戸時代に入り、元和年間(1615~1624)に中興され、正徳4年(1714)江戸六地蔵の一つが安置されました。
8代将軍徳川吉宗も、鷹狩の途中たびたびこの寺に立ち寄ったそうです。
ご本尊は薬師如来、古来より秘仏で一切開扉されていないとのことです。
◈銅造地蔵菩薩坐像 (東京都指定有形文化財)
正徳4年(1714)に制作されました。江戸六地蔵の第三番です。頭部は前後に、体部は15個の部材に分けて鋳造し、鋳掛けや鋲止めなどで接合する技法で造られています。
「このように別々に鋳造した部材同士を組み上げる技法は、江戸時代の大型像によく見られ、像の制作や運搬の労力を減らすことが出来る合理的で優れた技法である」とのことです。
◈江戸六地蔵
江戸深川の地蔵坊正元が、宝永3年(1706)に発願して江戸市中から広く寄進者を得、江戸の出入口6ヶ所に丈六の地蔵菩薩坐像を造立しました。
地蔵坊正元が若い頃大病を患い、両親が日夜お地蔵様に祈願している姿を見て心を打たれ、病気も無事平癒したことから地蔵菩薩の造立を発願し、京都の六地蔵に倣って造立したとのことです。
※丈六:約4.8m。座像の場合は像高はその半分。もともと釈迦は偉大でその背丈は4.8mほどであったとされ、日本では丈六の仏像が多く作られるようになったと言います。(AI)
◈鋳造は神田鍋町の鋳物師「太田駿河守藤原正儀(まさのり)」。 像高はいずれも270cm前後で、造立時には鍍金が施されていたとのことですが、現在では金箔の痕跡はほとんど残っていません。それぞれの像内には小型の銅造地蔵菩薩坐像や寄進者名簿などが納められていました。
また、像や蓮台には寄進者の名前が刻まれており、寄進者は合計すると7万2千名を超えるとのことです。
真性寺のお地蔵様は正徳4年(1714)の制作、制作時期から言えば4番目なのですが、巡拝順では第3番とされています。
◈江戸六地蔵:①品川寺(品川・東海道)②太宗寺(新宿・甲州街道)③真性寺(巣鴨・中山道)④東禅寺(東浅草・奥州道中)⑤霊厳寺(白河・水戸街道)⑥永代寺(深川・千葉街道=現存せず)
<銅造地蔵さまのお隣に「子安地蔵」>
本堂の中をちょっと覗かせていただきました。
ご本尊は薬師如来。秘仏。厨子前にお前立の薬師如来がおられました。
◈境内の弘法大師、ちょっと小ぶりでかわいいお大師様です。
<本堂前左手に古仏群>
その奥に閻魔堂が出来ていました。
出来ていた・・・というのは、以前参拝した時はなかった。
◈閻魔堂:真性寺にはもともと閻魔堂があったそうですが、昭和20年の東京大空襲の戦火で焼失してしまったとのこと。先代のご住職敬譽和尚が閻魔堂再建を願い、閻魔大王像そのものは昭和51年には既に造立されていたとのことですが、御堂はようやく令和5年(2024)に建立されたそうです。
入り口入って左手にご鎮座の怖いおばぁちゃん=奪衣婆尊。
正面に閻魔大王がおられました。
参道横に芭蕉翁の句碑があります。
白露も こぼれぬ萩の うねりかな 芭蕉
萩植て ひとり見習ふ 山路かな 杉風
巣鴨の真性寺にある句碑は、芭蕉の死後ちょうど百年を記念して、寛政5年(1793)に門人の採茶庵梅人が中心となって建立されたとされています。
AIによれば、「この場所は、江戸近郊の寺として人が集まりやすく、門人たちが芭蕉の百年忌を記念する場として選んだ、というのが現在もっとも自然な理解です」とのことです。
真性寺を後に、先へ進みます。
巣鴨名物数々あれど・・・結構有名なのが「塩大福」とか。 こちらは「伊勢屋」さん。 真性寺を出てすぐ左手にあります。
<地蔵通りを先に進む>
しばらく行くと人だかり、またまた「塩大福(豆大福) みずの」さん。
ここでお土産に豆大福を購入しました。
高岩寺門前・・・露店がでています。
③高岩寺(とげぬき地蔵) =萬頂山高岩寺 曹洞宗=
ご本尊は地蔵菩薩(延命地蔵)。 秘仏、非公開です。 一般には「とげぬき地蔵」の通称で知られています。
慶長元年(1596)、扶岳太助が神田湯島に創建しました。後に下谷屏風坂に移り、更に明治24年(1891)、巣鴨に移転しました。昭和20年の東京大空襲で建物が全焼し、現本堂は昭和32年に再建されたものです。
◈とげぬき地蔵の由来
江戸時代、武士の田付又四郎の妻が病に苦しんで、又四郎が夢枕に立った地蔵菩薩のお告げにしたがい、地蔵の姿を印じた紙1万枚を川に流したところ、その効験あってか妻の病が回復したといいます。これが寺で配布している「御影(みかげ)」の始まりだとか。
また、毛利家の女中が針を誤って飲み込んだ際、地蔵菩薩の御影を飲んだところ、針を吐き出すことができ、吐き出した御影に針が刺さっていたという伝承もあり、「とげぬき地蔵」の通称はこれに由来するとのことです。 それから他の病気の治癒改善にもご利益があるとされ、高齢者を中心に参拝客が絶えないとのことです。
とげぬき地蔵様を直接拝観はできませんが、今は「御影(みかげ)」をいただけます。
<御朱印と御影>
御影の紙包みの中に小さなお地蔵さまが入っています。
高岩寺にはもうお一人、人気の観音菩薩様がいらっしゃいます。「洗い観音様」です。
◈洗い観音
境内に立つ石造の聖観音像で「洗い観音」と通称されます。自身の治癒したい部分に相応する観音像の部分を洗う、または濡れタオルで拭くと利益があるといいます。かつては像の表面をタオルではなくたわしで擦っていたため、摩耗が激しく、2代目の像が製作されました。
今はタオルで拭きます。
現在の像は平成4年(1992)に奉納されたもので、彫刻家・八柳尚樹氏の作。
超人気の観音様で、洗うのにも多少の時間がかかるため、いつも長い行列ができています。
洗い観音様のお隣に「小僧稲荷」。ご由緒は、ホームページによれば、
「髙岩寺の土地・建物をお護りくださる「土地護伽藍神(どじごがらんじん)」として奉安し、毎月1・15日の朝のお勤めで、稲荷供養を修行しています。元日朝と2月の初午には神前で供養します」とのこと。
数々の火災や戦災を経て、もはや正式な記録は髙岩寺には残っていませんが、上野にあった時代(1657~1891)、住職に可愛がられていたタヌキが住職の亡き後も寺を守護し、狼藉者がやってくると「三ツ目小僧」に化けて懲らしめた、という伝説があるのだとか。関係者が恐れをなしてタヌキを稲荷神として祀ったところ、三ツ目小僧は出なくなったということです。これが「小僧稲荷」と称される出自と思われます。(佐藤隆三『江戸傳説』より))とのこと。
狸が稲荷神として祀られたというのはユニークですね。
そのまたお隣にお地蔵様群がありますが、真ん中に背の高い、ひょろ長いお地蔵さまが1人。ちょっと友人に似ている。
高岩寺を出て、地蔵通り商店街を行きます。
その先に「マルジ」が見えてきます。
④おばぁちゃんの原宿 「赤パンツやさん…マルジ(丸治)」
巣鴨地蔵通り商店街にある、赤い下着や肌着で有名な衣料品店「マルジ」。
公式サイトでも「赤パンツの元祖」として紹介されていて、健康長寿や開運の縁起物として人気があります
創業は1952年、もともと肌着屋で地域密着型の店として発展しました。巣鴨はお年寄りが集まるところ。赤い色には昔から「厄除け」「長寿」「運気上昇」といった縁起の良い意味があり、赤の縁起をいかして赤い下着を商品として売り出したところ「赤パンツ元祖」としてお年寄りの絶大な人気をえた、といいます。今では若い人向け、男物のブリーフなんかもあるようです。
マルジの先を右折して中山道方向へ向かい、染井霊園を目指します。
次回に・・・
<ご参考まで> 江戸時代の地図です。(高岩寺は江戸時代にはありませんでした)
続きます























































































































































































































































































































































































































































































































































