1 日本の選挙、アメリカの選挙

 

  2024年10月27日行われた総選挙において、自民党は大敗し、公明党と合わせても衆議院議席総数の過半数に届かなかった。石破茂内閣は、野党による内閣不信任案の提出に、常に備えていなければない状況に陥った。今後は個別政策ごとに野党との連携を図ることになる。衆議院の17の常任委員会についても、予算委員会はじめ7の委員会の委員長を立憲民主党に譲ることになった。

 

政府の政策実行、国会の運営などに生じたこのような変化が、日本の政治を不安定化させることになるのか、或いは、旧態依然とした日本の政治の民主化を促すことにつながるのか、よく見ていく必要がある。2025年夏には参議院議員選挙が予定されているところ、自公両党の議席数が参議院でも過半数に達しない場合には、自民党は下野することになる。

 

 霞が関の役人たちには頭の痛い状況であろうが、日本の国内政治が少々モタモタしていたとしても、直ぐに国民生活に悪影響が出てくるわけでもなかろう。アメリカなどと異なり、幸い日本は分断され身動きがしにくい状況には陥っていない。その点あまり悲観することはない。かえって「肝と知恵」のある政治家と役人にとっては、腕の見せ所が来たと思って、前向きに活動していくべきだろう。いずれにせよ、有権者の意見を軽視した上から目線の政治は変わっていかざるを得なくなった。長らく日本の政治を覆っていた雲に切れ間が生じ、一条の光が差し込んできた感じだ。一市民としてこの政治状況を歓迎したい。

 

片やアメリカでは、11月5日に大統領選が行われ、ドナルド・トランプ氏が大勝した。選挙期間中に広く伝えられていたカマラ・ハリス氏との接戦の予想は、大きく外れた。同日夜、トランプ氏は勝利宣言の演説を行い、その中で「今こそ4年間の分断を過去のものとすべきだ」と述べた。これに対してハリス氏は、翌6日敗北宣言を行い、その中で「アメリカの民主主義の基本原則は、選挙で負けたときに結果を受け入れることだ」と述べた。両氏のこうした発言に拘わらず、アメリカ社会の分断状況が今後急速に改善するかどうかは、予断を許さない。

 

2025年1月末にトランプ氏が大統領に就任する。その後関係各省の陣容を定めて具体的な施内外政策を進めていくには、更に1,2ヶ月が必要となろう。その間、国際情勢はどのように動いていくのかは分からず、心配の種はつきない。ウクライナ戦争や中東紛争から派生している諸課題については、理論的には、バイデン大統領が外交権を握っている間に何か動かしていく可能性はあるが、これまでの実績から見て、あまり期待はできない。

 

現時点で民主主義諸国のできることは、事態の更なる悪化を防ぐことだ。アメリカにおける政権移行期を利用し、権威主義国や中東地域の関係国が新たな攻勢をかけることのないように、民主主義諸国は相互協力を深めていく必要がある。世界の諸情勢が不安定度を増すならば、日本周辺の情勢にも悪影響が出て来る恐れのあることを、私たちはよく理解する必要がある。

 

2 日本の民意の国際的役割

 

 主権国家からなる国際社会に果たして「世論」というものが存在するかどうかは、議論の余地がある。アメリカはじめ民主主義諸国が大きな力を持っていたころは、民主主義と自由経済のグローバル化こそ、国際世論を形作るように思われていた。しかし、権威主義諸国の「失地回復」、「リベンジ」ともいえる活動とグローバル・サウスとの協力拡大によって、そうとも言えない不安定、不確定な時代に入ってしまった。

 

 その権威主義諸国やグローバル・サウス諸国は、自国民の声を反映するどのような原則や「イズム」を示していくのだろうか。こうした国々の為政者たちは、「指導された」民主主義、「人民による」民主主義、「愛国的」民主主義などといった冠を付けた「イズム」を掲げていくことだろう。しかし、国民の基本的人権と表現の自由を実質的に制限する統治が世界の潮流になるとは考えにくい。議会制民主主義に代表される民主主義の永続性が消えていくことはないだろう。

 

国際情勢は今後とも複雑化していくであろうが、議会制民主主義を取る日本としては、権威主義諸国やグローバル・サウス諸国との対話を進め、国連憲章の下で国家間の対立を和らげていく努力を拡大していくことが重要だ。

 

3 「国際世論」とウクライナ戦争

 

ロシア及びウクライナ両政府に対し、停戦、和平への話し合いのテーブルに座るように促すことは非常に難しい。戦争の当事国が武器を置く意思を示さない限り、第3国や国際組織が動ける余地は非常に限られる。特に一方の当事国が核保有国のロシアであり、継戦能力はウクライナを凌駕している。戦争が長引けば長引くほど、ロシアとウクライナの国力の差が顕著になっていく。

 

世界の中で、恐らくアメリカだけが、公平な仲介者の役割を果たすことができる。国内の分断問題を抱えている国の新大統領が、多大な熱意と長い時間を外交問題に注ぐことがどれほど可能であるか、私たちはよく見ていく必要がある。

 

ここに、日本、EU,NATOなど議会制民主主義国や関係国際組織がトランプ新大統領に働きかける重要性が出て来る。日本の政治的影響力はあまり大きくはないが、戦後進めてきた民主化の成果を糧にし、アメリカなど世話になった関係諸国に恩返しをしていくべきだ。

 

2024年6月14日、プーチン大統領は、ウクライナとの「和平交渉開始の条件」を明らかにした。条件の骨子は、ロシアが一方的に併合したウクライナ東・南部4州からのウクライナ軍の完全撤退、ウクライナのNATO加盟断念などである。

 

 一方、2024年10月16日、ゼレンスキー大統領は最高会議(国会)に対して「勝利計画」についての概要を説明し、NATO加盟交渉への即時招待、米欧による長距離兵器の対ロシア攻撃制限の解除、非核兵器によるウクライナの対ロシア抑止力の強化、ウクライナ領土と主権の取引の拒否、ロシア領クルスク州への攻撃継続、ウクライナ天然資源への投資、更なる対ウクライナ援助パッケージの要請などに言及した。

 

停戦、和平に対するロシア、ウクライナ両国政府の考え方は、現時点では、大きく異なっている。また、戦況は膠着状態にあり、連日多くの兵士や無垢の住民が命を落としている。日本政府として座してウクライナ戦争を傍観していることは、平和憲法を持つ日本国民の支持するところではない。いまこそ、日本の民意を世界の民意に拡大していくべきだ。(20241110)