人は怖いものを見たい聞きたいとゆう
心理がどこかにありますが、
今回、わたしが上の展覧会に行ったのは
それではなく、2時から講演をされた
山田彊一先生が一体どんな方か
見たい聞きたいと訪れたのです。
次男が中学生の時、その学校に絵の先生として
赴任されていた方で当時の次男が言うには
「いい先生で、本当は中学校ではなくて
大学で教える先生だぞ」と言ったことを
憶えていましたから。
(実際、その何年か後に
大学の方へ行かれたようですが)
一度お目にかかりたいと思って行ったのです。
博物館のプロムナードには、いつものように
展覧会の内容が飾られていました。
子供がいざ、入る段になったら「こわいでいやだ~」と
言うとチケットが無駄になるといけないからなのか、
今回はこの会場入り口で買うようになっていました。
でも、行ってよかったーー。
錚々たる浮世絵師の肉筆画の
掛け軸がありましたから。
もちろん、幽霊画ばかりでしたが、、、。
円山応挙、永沢蘆雪、歌川広重、歌川国芳、河鍋暁斎
そして1点伊藤若冲と
全作品が福岡市博物館蔵なんですよー、ビックリ。
どうして、ああゆうものを描いて掛け軸にしたのか
理由は今度、調べてみますが、、、、。
みんな足が無い、、、、当りまえと思いますが
日本の幽霊は足がなく中国の幽霊は
足があるのだそうです。
江戸時代中国から「牡丹燈記」とゆう小説が
渡ってきて、それを「牡丹燈篭」とゆう落語にし、
後から歌舞伎にもなった有名な怪談の
お露さんは、カランコロンと駒下駄を
鳴らして現れる幽霊です。豊原国周が
浮世絵で描いていました。
熊本の人吉市の永国寺は幽霊の掛け軸が
沢山あるので有名だそうですが
福岡市美術館にしても、
どうして九州は妖怪とか幽霊なの?ですよね~。
最後の部屋は撮影OKで、この口の下でしゃがんで
撮れば面白い、、、、いい年のおばさんも
「きゃ~、怖い!」と上を向いて撮ってもらっていました。
これは、若いお母さんが、ろくろく首の中の棒を
持ち上げてくれましたが、
なかなか顔がこっちをむいてくれないとゆう写真です。
さて、いよいよ講演ですが
もう、現れた山田先生は
河村市長も真っ青なバリバリの名古屋人でしたーー。
言葉は市長よりも何倍も品がよい
我々が普通につかってる言葉でしたが
ゲゲゲの鬼太郎の袢纏(目玉おやじが肩に
乗った)を着てTシャツはニューヨークで買ったとゆう
黒地に白い髑髏を図案化した柄のもの。
名古屋には妖怪がいないから、
つくればいいんですよ、
海老フリャ~妖怪とか、、、、
妖怪は、みんな作られたものだから
名古屋の妖怪を僕がつくりましたーと
ロビーには14枚のいろんな名古屋に
関連した妖怪の先生の絵が飾ってありました。
掛け軸の肉筆画のことでは
足が描いてないのは皆、足を描くのは
苦手だから描いていないんです。
ピカソも足を描かなしシャガールも足を
描いていないでしょうといわれましたよ(?)。
そう言われると、
もう一人そうゆうヘタウマの外国の絵描きで
いましたねー。
(このごろ名前が浮かんでこないことが
多々あります。絵は浮かんでいるのに、、トホホ、)
なんだか、75歳にはみえない
若々しい先生は想像していた先生像とは
かなりかけ離れていましたが
人間いろいろなんです。
それでいいのです。
だから、オモシロイのでしょう。