俳優、井浦新のアメリカ映画デビュー作「東京カウボーイ」が６月７日に公開される。「ビッグ・スカイ・カントリー」とも呼ばれる米モンタナ州に出張でやってきた東京のビジネスマンの「成長」物語。数々のハリウッド大作を手がけてきたプロデューサーと、かつて山田洋次監督に弟子入り志願したアメリカ人監督が、若松孝二監督を師と仰ぐ井浦を主演に迎えて作り上げた珠玉のインディペンデント映画だ。さまざまな境界を越えて活躍する井浦にインタビューした。（編集委員 恩田泰子）
「豊かさ」ってなんだろう
「東京カウボーイ」から
井浦が演じる主人公のヒデキは、東京の大手食品商社に勤めるサラリーマン。モンタナ州にある牧場を立て直すため現地に出張し、ビジネスライクに改革プランを訴えるが、相手は古き良きカウボーイ文化を守ってきた人々。スーツ姿で乗り込んだヒデキの効率最優先の言動は通用しない。ヒデキは悪戦苦闘しながらも、モンタナの雄大な自然や人の魅力に気付き、自分を見つめ直していく。
井浦は「モンタナに行くまでのヒデキは最低」だと言う。「プライドが高いし、頭が固いし、なんの面白味もない。仕事では勝ち続けてきて、そのことにもちろん充実感や楽しさもあるでしょうが、それが生き方のすべてになって、見えている世界がものすごく小さなものになってしまっている」
「東京カウボーイ」から
そんな男の小さな世界が、異文化のもとで広がっていく様子が、おかしく、切なく、いとおしく映し出されていく映画だ。「『豊かさ』ってなんだろう、ということを教えてくれるような映画でもあります」
日本初上映の場は今年３月の大阪アジアン映画祭。そこかしこの場面で観客の笑いがあがった。「正直、びっくりしました」。意図して笑わせようとはしていなかったからだ。「しかも（多くのせりふは）英語ですから、日本語のようなバランスで扱えるわけではない」。ただ、未熟だが一生懸命な人物像が「滑稽に映ったらいいな」とは思っていた。「それをちゃんとキャッチしてくださって、すごくうれしいなと思いました」
主な撮影は実際にモンタナの地で行われた。「モンタナは最高でしたよ。すべてが大きいです。いつまでも大地が続き、その横にはずーっとロッキー山脈。どれだけひどいヒデキが映っていたとしても、その背景には本当に圧倒的なモンタナの自然と大きな空が映っているんですよね。そのアンバランスもすごい。見る人の心や目にいやしや刺激を与えられたらいいなあと思います」
心で見せていくお芝居をしたい
脚本は、Netflixシリーズ「忍びの家 House of Ninjas」で脚本・監督を務めたデイヴ・ボイルと、演技と執筆の両方で活躍する藤谷文子の共作。藤谷は出演もしていて、主人公の上司であり恋人でもある女性を演じている。また、國村隼も、頼りになりそうでならない和牛専門家役で登場し、いい味を出している。
監督のマーク・マリオットは、山田洋次監督の「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」の海外現場に見習いとして参加した経歴の持ち主。プロデューサーのブリガム・テイラーはウォルト・ディズニー・スタジオの実写作品を多数手がけてきたが、本作は、スタジオの後ろ盾なしに、監督とともに自ら資金を調達して、作った。「ブリガムはハリウッドの超大作を作っていて、たくさんの人に夢を与える仕事にすごく責任と誇りをもっている。ただ、自分が、自分のお金で映画を作るってなった時に、どんな作品をどんな人たちと作りたいか、表したものがこれなんだって言っていました」
「東京カウボーイ」から
出演のきっかけは、２人の熱いアプローチだった。最初に話をしたのはオンラインで。「『井浦新、きみと仕事がしたいんだ』という気持ちをとにかくぶつけ続けてくれた」という。「いろいろなことを聞かれるだろうな、と思っていたんですが、２人は僕が参加した映画をたくさん見てくれていて、一本一本について語る。そんなに見ていてくれたんですか、というくらい。二、三質問もされましたが、『あの作品のあのシーンはどういう状態で演じたら、あんな芝居ができるんだ？』といった感じで、なんか映画マニアの人と話しているみたいになっちゃって、すごく楽しかった」
やりとりをしているうちに、「あ、この人たちと仕事をしたいな」という気持ちが自然に生まれていたという。「本当に映画のことを愛してるんだなって思ったら、僕もつきあいたいですもの、とことん。そんな人が必要としてくれるならば、その人のためになるのならば、一緒に映画づくりしたいなあと」
彼らからは、「君は俳優として何を大事に仕事をしているの」というストレートな問いも投げかけられた。それに対しては、こう答えた。「お芝居の技術ももちろんうまくなりたいけれど、でも、どこかでうまくなってたまるかっていう思いもある。それよりも自分が磨いていきたいのは心。心を大事にして、心で見せていくお芝居をしたい」
（写真：読売新聞）
ところで、マリオットがかつて弟子入りを志願したのは、日本映画の主流を行く山田監督。一方、井浦が師と仰ぐのは、２０１２年に急逝するまでインディペンデントな映画づくりを貫いた若松孝二監督。「作る世界観は真逆とも言える両監督のもとでそれぞれ学んだ者同士が手を組んだ映画でもあるので、すごく面白いなと思ったりもします」
一人じゃ出来ない
注目の映画やドラマに立て続けに出演する一方で、ミニシアター支援プロジェクト「ミニシアターパーク」を続けていて、舞台あいさつやトークイベントなど観客に直接映画を届けることにも力を入れる。俳優の仕事を始めたのと同じ頃からアパレルブランドのディレクターを務め、サステナブルコスメブランドの仕事にも妻と一緒に取り組んでいる。「ずっと興味のあった」環境問題への取り組みの一つだという。
間違いなく多忙なはずだが、「まったく無理はないですね」と言う。「昨日今日から始めたのなら、体も心も壊しちゃってるかもしれないですけれど、僕は俳優を始めた２３歳の時からものづくりの仕事もしていて、なんだかんだ２６年続けてくることができた。でも一人じゃできないんですよね。事務所やマネジャーさんのサポートがあるし、仲間や家族もいる。時間をかけて、遠回りをして、失敗もして、なおかつ一人じゃなくてという状況下だから、一つ一つの活動をちゃんと丁寧にできているんだと思います。感謝ですね」
実は「ある程度の年齢から、これ以上忙しくなったらどうなるんだろう、と思ったりする時もあった」とも。ただ、今は「今年は去年よりも濃かったなあというのをちゃんと味わえてるんで、とても幸せです」と言える。「忙しいというより、濃さですね。スケジュール的に忙しい俳優さんってたくさんいますから。そう考えると、僕は好きな山登りとかもちゃんとできてますし、それもひっくるめての充実、密度の濃さのようなものを、毎年更新できているっていうのはすごい喜びだったりします」
※「東京カウボーイ」は、6月7日から東京YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次ロードショー。
◇井浦新（いうら・あらた）＝1974年生まれ、東京都出身。98年に是枝裕和監督「ワンダフルライフ」で映画初主演。若松孝二監督「１１・２５自決の日 三島由紀夫と若者たち」（2012年）で日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞、ヤン・ヨンヒ監督「かぞくのくに」（12年）でブルー・リボン賞助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に河瀬直美監督「朝が来る」（20年）、森井勇佑監督「こちらあみ子」（22年）、森達也監督「福田村事件」（23年）、若き日の若松孝二を演じた「止められるか、俺たちを」（18年）と、その続編「青春ジャック 止められるか、俺たちを２」（24年）など。