「そして、バトンは渡された」で2019年本屋大賞を

受賞した瀬尾まいこの同名小説を

『ケイコ 目を澄ませて』(22)の三宅唱監督が、SixTONESの松村北斗と上白石萌音を主演に迎えて

映画化した『夜明けのすべて』(公開中)。



本作は、電車などの混雑した乗り物や狭い室内に入れないというパニック障害を抱えた山添くんと、

月に一度のPMS(月経前症候群)で自らの感情をコントロールできなくなる藤沢さんが互いに助け合い、

周囲の人々の理解にも支えられながら、

自身の生き方を見つめていくという物語。

第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品が決定し、世界からも注目を集めている今作で、

山添くんと藤沢さんに扮し、

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」以来となる再共演を果たした松村と上白石に、

撮影現場でのエピソードやお互いの意外な共通点に

ついて語ってもらった。

「横並びで喋ることって、こんなにもラクでなんでも言い合えるものなんだ」(上白石)



――PMSやパニック障害を描いた今作を通じて、新たに学んだことはありますか?

松村「正直、僕自身のなかでもPMSやパニック障害に対する認識にかなりズレがあったというか…。わかったつもりになっていたけど、全然わかっていなかった。どんなものかはなんとなく伝わっていたとしても、実際にそういった症状で苦しんでいる人たちの思いや生活については、いろんな意味で誤解されている部分があるんじゃないかなと思いました」

上白石「私も、PMSやパニック障害という名称は知ってはいましたが、それぞれの症状に対するイメージは、一種類ずつしか持てていなかったような気がしています。でも、当然ながら人の数だけ症状にも幅があるんだということを、『夜明けのすべて』を通じて知ることができ、視野が広がりました。きっとそれは今回のテーマに限った話というわけではなくて、世の中のあらゆる物事に対しても、同じことが言えるんだろうなと思いました」

――世の中に対する見方や他者との向き合い方など、この作品から影響を受けたりしたことも…?

上白石「『同じ目線で、横並びで喋ることって、こんなにもラクでなんでも言い合えるものなんだ』と発見しました。藤沢さんと山添くんって、ほとんど向き合って喋っていないんですよ」

松村「実はそうなんですよね」

上白石「三宅監督も『2人が横並びでお互い顔も見ずに喋っている時間を大事にしたい』とおっしゃっていて。『あ、確かに~!』って思ったんです。人の話を聞くときはちゃんと目を合わせないと失礼になるような気がしていたんですが、必ずしも膝を突き合わせて話すことがベストとは限らなくて、場合によっては『うんうん』って相槌を打ちながら横並びで聞いているほうが、相手が話しやすいこともある。そういう意味では、『夜明けのすべて』から、『どうすれば他者とラクに一緒にいられるか』のヒントを学べる気もします」


松村「実際、“横並びの効用”みたいなものは、山添くんと藤沢さんだけでなく、あの時の僕ら自身にもあって。撮影機材のセッティングをしている時間は、監督も僕らと一緒にソファーでくつろぎながらずっと他愛もないことを喋っているような感じだったんですよ」

上白石「そうそう! 三宅さんが映画に映ってないのが本当に不思議に思えるほど、撮影期間中は3人でずっと一緒にいた気がしますね。真っ暗なロケバスの中で喋ったりしてね」

松村「ありましたね~。お互い、いまどんな態勢でいるかさえも見えないような暗闇で(笑)」

上白石「フフフ(笑)」

松村「でも、そういう会話を通じて『藤沢さんと山添くんもきっとこういうことだよね』って、なんとなく腑に落ちたところもあるんです。相手の顔色を窺うことなく、ただ近くにいるからこそ喋れるようなことも、実は沢山あるんじゃないかという気もしていて…」

上白石「私が藤沢さんと山添くんを見ていて『いいな』と思うのは、この2人はPMSやパニック障害を持っているからこそ、『このまま抱えっぱなしだと私自身が辛くなるから、溜めずに言わせてもらうわ』みたいに、ちょっと強気なスタンスで、お互いに言いたいことを言い合えるところ。自分の病と上手に付き合いながら、たくましく生きてるんですよね。相手を気遣うことも大切ですが、たまには自分の健康ために吐き出すことも必要なのかなって」

――上白石さんは、日記や文章を書くことでご自身の感情を吐き出すタイプですか?

上白石「そうですね。書きだすまではいかなくとも、『なぜ私はムカついてるのか』『なぜ怖いのか』と理詰めで考えていくと、『ああ、なるほどそうか』と納得できるようなケースも多いので。自分のなかで負の感情を噛み砕く作業は割とよくやりますね。『なんだ?このモヤモヤは!』って、湧き上がる感情から逃げずに立ち向かっていくタイプです(笑)」


―松村さんはどうですか?

松村「僕は、しんどいこととか、ネガティブなことが1回タンクにパンパンにならないと、いいことが訪れないと思っていて。 それこそ昔、空手をやっていた時に、練習しても練習しても全然上手くならないし、周りにもどんどん置いていかれた時期があったんです。それでもめげることなく続けていたら、ある日、周りを追い抜かすぐらい一気に伸びた。 その経験があるから、なにをやっても上手くいかない時は『いまは自分のタンクを貯めている最中なんだ』と思って諦めるんです」

上白石「上手くいかない時こそ、それを糧にしてるんですね」

松村「そう。しんどい時期を抜けたら、必ずどこかでポンって上がるから。逆に言えば、しんどいことは自分から探しにいっても必ずしも来るとは限らない。だから、辛いときこそ『タンクを貯めるチャンスが来ているんだ!』と思うようにしてます」

上白石「いつか明るい未来が来るように――」

松村「そうです。その代わり、1回ポンて上がったら、今度はまた新たなタンクの貯蔵が始まるんですけど、『きっとこうなんだろうな、人生は』と思って、毎日頑張ってます」

上白石「エライ!(拍手)」




「役柄のイメージによって、自分の評判が独り歩きしてしまうことが怖かった」(松村)

――いまのやりとりを拝見していても、お2人がまとっている空気感はどこか似ているような気がしているのですが、ご自身でもそう感じるような瞬間もあったりしますか?

上白石「ありましたね。撮影中に『急に自分の知名度が上がることについてどう思うか』という話をしたことがあるんですが、私たち2人とも、物事をものすごく斜めから見ているようなタイプの人間で…。『わ~い!』って、素直に喜べない2人だったという(笑)」


松村「たしか、事の発端は『カムカム~』の話からだったような…」

上白石「ああ、そうですね!」

松村「自分自身は、朝ドラの放送15分前と15分後で、なにも変わっていないのに」

上白石「世界は確実に動いてる!」

松村「僕自身は変わっていないにもかかわらず、演じた役柄のイメージによって“松村北斗”に対する評判まですごく上まで行ってしまったことが、怖くて怖くて仕方なかった」

上白石「そう! 怯えてた(笑)。『怖いですよね!』『わかります!』って。『カムカム~』の放送中も、きっとお互い同じような思いを抱えて過ごしていたんだろうなって、改めて思ったりもして。“夜明け”というよりはむしろ、“深夜”みたいな暗さの共鳴でしたね(笑)」

松村「そういえば、『傍から見ると社交的なようにも見えるけど、実は意外と人見知り』というところも似ている気がします。僕は、沈黙が怖くてやつぎ早に喋るタイプの人見知りなんですが、上白石さんも実は同じタイプだったということが、あとから判明したんです」

上白石「『夜明け~』の撮影の最初のころは、お互いそれで会話が続いていたんだと思う(笑)。でも、いつからか山添くんと藤沢さんみたいな感じで、沈黙が怖くなくなりました」

松村「時間差で会話が成り立つこともありましたよね。お互いひとしきり喋って満足したら黙って、自分の頭の中でまた好き勝手考えて。かと思えば『あ、でも!』とか『それこそ…』みたいに、唐突に脈絡なく話し出したりもする。で、いざ聞いてみたら、昨日話した話の続きだったりもするんです。あれは完全に、山添くんと藤沢さんの影響です(笑)



上白石「ある意味、あの時期の私たちは本当に山添くんと藤沢さんだったんだと思います」

松村「それこそ、『カムカム~』のころって、実はそれほど長い時間一緒にいたわけでもなかったので、僕の中での上白石さんの印象って『すごくしっかりされていて、本当にすばらしい方ですね』というような、いわゆるちょっとよそよそしい感じだったんですが、今回『夜明け~』でご一緒してみて『あ、意外とジョークも通じる人なんだな』って驚いて」

上白石「つまらないヤツだと思われてたんだ(笑)!」

松村「いや、あまりふざけたことを言ったら敬遠されるかなと思っていたら、むしろジョークを口にされるほうが多いというか。ウィットに富んだ会話なんかも飛び出したりして」

上白石「アハハ(笑)」

松村「その時初めて『あ、人だ!』と思えたというか。 それまでは『女優さん』っていうイメージだったんですが、“センスのいいお笑いの方”なんだなと。ジョークが挟まるほうが、やっぱり会話も弾むじゃないですか。かといって、別に大笑いするほどでもなくて」

上白石「ずっとニタニタしてましたから。というのも、松村さんの話がまた、よ~く練られているんですよ」

松村「やめなさいよ!」

上白石「『もしや、ラジオでウケた話をもう一回してくれてるのかな?』と思う程に(笑)」

松村「実際、ラジオから下ろしたネタを披露したりもしていましたから(笑)」

上白石「私に笑いのセンスがあるのかどうか、試されていたのかもしれないですね(笑)」

――ところで、松村さんはここ数年「扉」に関わる役柄が続いているな、という印象がありまして。“戸締まり”したり、“ドアをノック”されたり…。

松村「いや、そうなんですよ。映画に、ドラマに、アニメに、実写に…。主に“扉”周りの俳優をやらせていただいております」

上白石「あ、本当だ! “扉俳優”だ!『すずめの戸締まり』に『ノッキンオン・ロックドドア』。ひょっとして、“扉モノ”を制覇しようと企んでいるとか…!?」

――ちょっとこじつけになる気もしますが、『夜明けのすべて』でも、山添くんのアパートのドアを通じて、2人が心の扉をお互いに開け合うとも言えますよね。

松村「いや、そうなんですよ! 僕も思ってました。藤沢さんがいきなり乗り込んできて、僕の髪を切ったりね。山添くんの家の扉を開ける時は、絶対になにかが起こるんですよ」

上白石「あのドア前のシーンは、私も思い出深いエピソードがいっぱいあります。誰かの家の敷居を跨ぐことって、やっぱりなかなかに大きな意味があることだったりするものなので。いろいろ攻防がありましたよね。山添くんの彼女と鉢合わせしたりもしましたし」

上白石「『上がっていかないの?』とか言うんだ、この人!とか思ったり(笑)」

松村「山添くんも、彼女の前では意外と言い回しが男っぽい感じだったりするんです(笑)」

上白石「そうそう。終盤では、山添くんも藤沢さんの家までわざわざ様子を見にきてくれたりもして。インターホン越しの会話、好きだったな。藤沢さんの忘れ物を届けにきた山添くんが玄関の前で『ここに置いておくんで』って言って、さっさと帰るんですよね」


松村「あんなにときめきチャンスが何度も訪れるのに、あの2人は(“ラブ”の方向には)1回もいかないんだよな」

上白石「ねぇ。あのシチュエーション、連ドラだったら絶対にすぐ使いますよね(笑)」

松村「うん。インターホン越しにね」

上白石「インターホン越しに、『待って!』って。でも、あの2人はやらない。そういうところが、藤沢さんと山添くんのいいところなんですよ。観ている方たちのなかには、最後までやきもきする方もいるかもしれないですけどね。『いけよ!』って(笑)」

取材・文/渡邊玲子