「できることなら全話映画館で観たい」。
第1話限定で映画館で上映されたドラマシリーズ『TOKYO VICE』を観終わったときの率直な感想だ。
HBO MaxとWOWOWの日米共同制作、
監督(第1話)とエグゼクティブ・プロデューサーを
マイケル・マンが務めるという情報から、
このドラマの放送・配信を待ち望んでいた
映画ファン、海外ドラマファンはきっと
多かったことだろう。
その期待に違わず、本作には一話一話に濃密な時間が流れている。そんな本作の素晴らしさはなんと
言っても適材適所の俳優たち。
アンセル・エルゴート、渡辺謙、レイチェル・ケラー、伊藤英明、菊地凛子、山下智久……
錚々たる俳優たちがベストアクトを重ねる中、
世界に向けて最もインパクトを放ったと言っても
過言ではないのが、若きヤクザのリーダー佐藤役に
抜擢された笠松将だ。
初めての英語台詞、そして“ハリウッド”の仕事を
通して、笠松の中でどんな変化が起きていたのか。
じっくりと話を聞いた。
名前が知られていなかったからこそできたもの
ーー『TOKYO VICE』はドラマシリーズではありますが、1話ごとが映画と言っても間違いない重厚な物語でした。すでに放送前に各所でインタビューが掲載されていましたが、そのときはまだ笠松さん自身も完成した映像を観ていなかったと聞いております。
改めて実際の映像を観て何か思うところはありましたか?
笠松将(以下、笠松):極端なことを言いますが、
世間的な評価に関わらずどの作品も、
自分が出ているシーンは絶対に面白くなっていると
いつも信じています。その意味では、
本作でもその思いは変わらなかったし、
本当にたくさんの方に観ていただきたい自信作に
なっています。ただ、うまく表現するのが難しいのですが、出演できた喜び、
キャスト・スタッフの皆さんへの感謝の思いがある
一方で、「僕は特別なことは何もやっていないんじゃないか」という思いもあって。この脚本、
このキャスト陣、そしてスタッフ陣で面白くしない方が難しいじゃんと。だから、
僕の中では両極端な感情があったというのが
正直な感想ですね。
――映画『ラ』、『デイアンドナイト』での
半グレ的な役、Netflix『全裸監督』でのヤクザ役など、これまで演じた役柄があるからこそ、
本作の佐藤を演じられた部分はありましたか?
笠松:作品ごとにいろんな経験をさせていただいて、演じた役ごとの思い入れはあるのですが、◯◯を演じたからこれができた、
◯◯を演じたから今につながっている、
という意識はあまりなくて。だって、
僕が生きてきた時間の中で、作品を撮っている時間は本当にわずかなわけです。やっぱり、
作品と向き合っていない時間、カメラの前に立っていない時間で、何を考えて生きていたかというのが大事だと思うんです。『TOKYO VICE』の佐藤は、
「僕自身でしょ」と思うぐらいに似ている人間で
した。だから、
佐藤を演じるために何かをしたとかではなくて、
自分の人生がそのままつながっていた感じです。
僕自身は、自分のパフォーマンスが5年前、
10年前と変わっている感覚はないんです。それこそ、年齢を重ねて当時はできなかった役を演じることができるようになったぐらいで。リアルサウンドさんの
インタビューで、「(役者として)一番になりたい」とお話したことがありましたが
(笠松将、初めて明かす“役者”への思い
「1番になるまでは絶対にやめられない」)、あるとき気づいたのは、どんな人でも何かしらの“一番”を持っている。誰かと競い合って一番になるのではなく、
自分しか持っていない、自分だけの“一番”を、
証明していくこと。それが人生の本題だなということだったんです。
――『TOKYO VICE』は、客観的に見れば、“抜擢”と言われるキャスティングだったと思いますが、現場ではどんな形で撮影に入っていったのでしょうか。
笠松:渡辺謙さん、伊藤英明さん、菊地凛子さん、
山下智久さんは、海外作品にも出演されていますし、日本での実績を見ても、どう考えたってすごい方たちじゃないですか。そんな方たちに比べれば、
メインキャストに名前が入っていても、
スタッフが自分のことを知らないのは当然だろうなと。実際、最初は「誰が佐藤役の俳優なんだ?」という感じでしたから。そりゃあそうですよね、
アジア人が20人程度、しかもヤクザで同じような格好をしているわけで。だからこそ、
芝居で証明するしかないなと。でも、
それはすごいやりやすいことでもあって、
僕の得意なことで認めてもらうことに集中するだけだから。名前が知られていなかったからこそ、
思い切りやれた部分はあるし、
大きな自信にもなりました。
ーーめちゃくちゃ格好いいですね。そして、
本作では初めての英語台詞もあります。第2話で、
佐藤がジェイク(アンセル・エルゴート)と初めて会って会話をするシーンも、
あまりに自然でびっくりしました。
笠松:あのシーンは英語で台詞を言う、
本当に最初のシーンだったんです。だから緊張している部分もあったのに、アンセルがどんどんアドリブを入れてきて(笑)。アンセルもサマンサを演じる
レイチェルもずっとアドリブで話しているから、
正直何を言っているか分からなかったんです。
どう考えても、台本に書いてあるよりも言葉が多いだろと。その頃はそれが怖かったし、弱気になっていました。しかも、あのシーンは100回近く撮影しているんです。日本では多くても10回程度ですが、こ
んなに何回も繰り返すのかと……。
――会話も100通りのパターンになっていると。
笠松:そうなんです。だから台詞を言うのも怖かったし、完成した作品を観るまで一体どこが使われているのかもまったく分かりませんでした。
ーーあのシーンでジェイクに佐藤が笑いかけるカットがありますが、あの笑顔が本当に良かったです。
笠松:狙って笑おうとしたとかではまったくなくて、数あるカットの中からあの笑顔を切り取ってくれたという感じで。僕は“人間”を演じていただけなので、
楽しかったら笑うし、好きな子がいたら心ここに非ずのような感じでぼーっとしちゃうしといった感じで。「笑う」とは台本にも書かれていなかったのですが、ああいった形で切り取っていただけて、
それが佐藤という人間にとってもすごく良かったなと感じます。
衝撃だった山下智久の俳優としての在り方
ーー本作では日本語よりも英語を喋っている時間の方が長いぐらいですが、その点はいかがでしたか?
笠松:最初は戸惑いもあったのですが、根本的には英語だろうが日本語だろうが変わらないんじゃないかなと。僕たちが表現するのは、作品に登場する人間なわけで、英語をうまくしゃべることは目的ではないわけです。佐藤は英語をしゃべることができるキャラクターでしたけど、日本人だし、英語が上手いか下手かは佐藤を演じる上では重要じゃないなって。
――確かに。「日本人俳優の英語力」がよく話題になりますが、基本的には生粋の「アメリカ人/イギリス人」を演じるわけではないですもんね。
笠松:もちろん、海外でも仕事をしていきたいし、そのために英語が重要になってくることは理解しています。ネイティヴレベルの英語が必要な役ならそのための準備もするつもりです。ただ、英語をうまくしゃべることと英語でいい演技をすることはイコールではないので、そこは間違えないようにしないといけない。発音にこだわっているうちは芝居に集中できていないのと同じなので、『TOKYO VICE』では発音の良し悪しについては途中からほとんど考えていなかったですね。
ーー具体的なシーンについても聞かせてください。第3話でサマンサに佐藤がドレスを贈るシーンがあります。2人の関係性が美しく、非常に官能的でした。
笠松:ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいのですが、完成したものを観てみると、もっとできたなと思うばかりで。このシーンもいいところをうまく切り取っていただいて、レイチェルにも助けられたシーンでした。
ーーサマンサが服を着替えるところで、佐藤は視線を外します。そのあたりにも彼の人間性がよく表れていると感じました。
笠松:視線を外したのは台本にあったわけではなくて、僕がそうしたいと思ったからなんです。監督からも「なんで目を逸らすんだ、恥ずかしいのか?」と言われたんですけど、恥ずかしいというよりも誠意ですよね。もし、自分の好きな女の子が目の前で着替えるシチュエーションがあったら、僕は絶対に見ない。単純にその方が男として格好いいと思ったんです。あのカットを使ってくれるかどうかは現場で分からなかったんですが、採用してもらえて嬉しかったですし、監督たちの器の大きさを感じました。この作品で僕の存在が少しでもスパイスになっていたなら良かったなと。
――サマンサ役のレイチェル・ケラーともいい関係みたいですね。
笠松:レイチェルは現場で「あなたは絶対に海外でも評価される」と言い続けてくれて。最近は「あなたがパートナーを演じてくれて誇らしい」とメールをくれました。ただただありがたい限りですし、僕もまったく同じようにレイチェルのことを誇らしいと思っています。
ーーほかに『TOKYO VICE』の共演者で印象に残っている方はいますか?
笠松:山下(智久)さんです。絶対にまた一緒に仕事をしたいですね。もし、山下さんのことを知らない方が現場での姿を見たら、「新人?」と思うぐらいに本当に謙虚で、しかもハングリーで。監督が求めるものを表現するためにどうすればいいかをすごく考えていらしたし、自分の意見もそこに入れていて。僕が山下さんの立場だったら絶対にできないなと思いました。
ーー山下さんのパブリックイメージとは少し違う印象かもしれません。
笠松:まさに。僕自身も予想外過ぎてびっくりしました。撮影が終わってからも、一緒にご飯にも行かせていただいて、いろんなお話をして、たくさん背中を押していただきました。現場で一緒になった方とご飯に行って仲良くなる、それ自体は決して珍しいことではないのですが、山下さんは1回きりではなくて、撮影が終わった後も定期的に連絡をくださるんです。僕は普段、先輩に自分から電話をかけるなんてことはほとんどないのですが、演技について悩んだときは山下さんに連絡しました。しかも、毎回電話を切るときや、別れ際に、「今日もいろんなことを教えてくれてありがとう」と言葉をかけてくださって。本当にすごい人だと思いましたし、自分ももっともっと力を付けてまたご一緒したいですね。
(取材・文=石井達也)