もしくは「そう呪われてる」と書いた方が効果的なやり方だったようである。どうであれこうであれ、文と文学をここに眠らせ、起きるようにしたい。たまたま別の素材を見つかる度に、書き方もやり直すだろう。
テキスト自体は、自動的に多量販売ができた時点から常に危険だったし、20世紀に至ると映画、テレビ映像、ネット映像、そういったすべての様式が敵であり危険をさらす、そして表す現象だった。20世紀末に深刻に話題になった「文学の死」も今語ると「古い談論」だと言われてしまう。確かにそういう意味でもはや文学には何の新しい現象を巻き起こす力がない。
テキスト自体で語っても、ラップ音楽が伝えるメッセージの素晴らしさが広げた以後、詩はそれの上には登れない。意味としても、人気としても。それより長い小説や戯曲はまず読まれない。ただテキストが滅びゆくのがまだ遠いため文学は存在する。
私が追跡したのはそういった「まだ文学が残っている理由」、また「その文学の夢の中で見るものが何か」を気長に、長く、言いたい。滅多矢鱈、そして霧雨の降りる様のような現象を。