なぜかふと思い出したので備忘録
亡くなったお祖母ちゃんは
私が初孫ということもあって
本当に私を可愛がってくれた。
時には叱られることもあったけれど
いつも優しくて大好きだった。
ほとんどの世のお祖母ちゃんは
そうだとは思うけれど、
孫のことを悪く言うことは
ほとんどなかった。
私が小学校低学年のとき
そのお祖母ちゃんと買い物に出かけた。
出先でお祖母ちゃんの知り合いに会った。
「まぁ~可愛いお孫さんね」
と言われたお祖母ちゃん。
「いえいえ、こんなにぶくぶく太って。勉強も全然で。」
当時は体型を気にしたことなどなく
確かにプクプクしていた。
でも今写真を見ても“ぶくぶく太って”
というほどではない。
それにお祖母ちゃんに成績の話なんか
一度もしたことがなかったし
聞かれたことすらなかった。
お祖母ちゃんが謙遜して放った言葉に
幼い当時の私はとても傷付いた。
”いつもほめてくれるのに
心の中ではそういう風に思っていたんだな”
と思い込んでしまった。
もう少し大きくなってからそれは
謙遜だったということに気付き
なぜあのときの言葉が本心なのだと
思い込んでしまったのだろうと
逆に疑問に思えた。
あの場で
「そうでしょう。可愛いでしょう」
なんて言う方が非常識だ。
ただこの一件があって
幼い私は少し自信を失い、
お祖母ちゃんとの心の距離が少し
離れてしまったのは事実である。
そのときは本当に悲しくて
母親に後で相談した。
もちろん母親はそれは謙遜だと
教えてはくれたが、
なぜかその言葉を100%
信じることはできなかった。
あのときの悲しい気持ちを思い出して
自分のこども或いは孫には
たとえ謙遜だろうと
否定的なこと、
特に努力のしようがない容姿については
言わないようにしたいと思う。
あのときお祖母ちゃんは
「いえいえ、そんなことありません。
お宅のお孫さんも
さぞかし可愛いことでしょう!」
と言っていればよかったんだと思う。
もちろん大人になった今は
お祖母ちゃんの返答が完全に間違っていた
とも思わないし、
それを根に持っているわけではないけれど。
小さいこどもは
意外とセンシティブだということを忘れずに
慎重に言葉を選びたい。
亡くなったお祖母ちゃんは
私が初孫ということもあって
本当に私を可愛がってくれた。
時には叱られることもあったけれど
いつも優しくて大好きだった。
ほとんどの世のお祖母ちゃんは
そうだとは思うけれど、
孫のことを悪く言うことは
ほとんどなかった。
私が小学校低学年のとき
そのお祖母ちゃんと買い物に出かけた。
出先でお祖母ちゃんの知り合いに会った。
「まぁ~可愛いお孫さんね」
と言われたお祖母ちゃん。
「いえいえ、こんなにぶくぶく太って。勉強も全然で。」
当時は体型を気にしたことなどなく
確かにプクプクしていた。
でも今写真を見ても“ぶくぶく太って”
というほどではない。
それにお祖母ちゃんに成績の話なんか
一度もしたことがなかったし
聞かれたことすらなかった。
お祖母ちゃんが謙遜して放った言葉に
幼い当時の私はとても傷付いた。
”いつもほめてくれるのに
心の中ではそういう風に思っていたんだな”
と思い込んでしまった。
もう少し大きくなってからそれは
謙遜だったということに気付き
なぜあのときの言葉が本心なのだと
思い込んでしまったのだろうと
逆に疑問に思えた。
あの場で
「そうでしょう。可愛いでしょう」
なんて言う方が非常識だ。
ただこの一件があって
幼い私は少し自信を失い、
お祖母ちゃんとの心の距離が少し
離れてしまったのは事実である。
そのときは本当に悲しくて
母親に後で相談した。
もちろん母親はそれは謙遜だと
教えてはくれたが、
なぜかその言葉を100%
信じることはできなかった。
あのときの悲しい気持ちを思い出して
自分のこども或いは孫には
たとえ謙遜だろうと
否定的なこと、
特に努力のしようがない容姿については
言わないようにしたいと思う。
あのときお祖母ちゃんは
「いえいえ、そんなことありません。
お宅のお孫さんも
さぞかし可愛いことでしょう!」
と言っていればよかったんだと思う。
もちろん大人になった今は
お祖母ちゃんの返答が完全に間違っていた
とも思わないし、
それを根に持っているわけではないけれど。
小さいこどもは
意外とセンシティブだということを忘れずに
慎重に言葉を選びたい。


