覚えておきたい内容があったので記録。
目から鱗な内容だった。

・ネガティブ・ケイパビリティ
「能力」とはふつう何かができる力のことを言うけれど、ネガティブ・ケイパビリティ自分ではどうにもできない状況、答えが出ない宙ぶらりんな状態に耐える力のこと。

・「日薬」と「目薬」
日薬とはいわゆる日にち薬のことで、なんともならない事態も日々を過ごしていくうちになんとかなっていくということ。
目薬は眼の薬ではなく、「誰かが見守っている」という環境のこと。
人は辛い状況に1人で耐えるのは非常に苦しいけれど、誰かが見ていてくれる環境だと踏ん張ることができる。その誰かは、主治医だったり、家族だったり…。
日薬が効くまでの目薬が必要。

・メディシンマンの役割
メディシンマンはいわゆる祈祷師や占い師のこと。
病気そのものに祈祷やお祓いが効くかどうかは置いておいて、患者に希望を見出す時間(日薬)と、周囲の人が必死に動く姿を見せることで周りの人たちのサポートに気づかせる、安心感につなげる役割がある(目薬)。
医師もメディシンマンも、いかに目薬になり、周囲の存在に気がつかせるかが大切。

・教育で重視されるポジティブ・ケイパビリティ
今の教育では「到達目標」が定められており、学年ごとに教わることが決まっている。
その枠に則って「早く」「解決する力」が求められる。
けど実際は世の中には分かっていないこと、解決できないことで満ちていて、そのことはそもそも教えられない。
子どもが不登校という選択をするのは、教育や学校への違和感やいじめなど解決のできない問題や状況にじっと耐え、ネガティブ・ケイパビリティを発揮しているから。
教育者には問題を解決する力も大切だけど、そもそも答えが出ない問題とじっくり向き合い、すぐに解決させようとしないことも大切。


あとはこの概念が発見された経緯や文学、芸術におけるネガティブ・ケイパビリティについてなどなど。

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答えの出ない事態や苦しい状況にいたとき、なんとかなるまで、気持ちに折り合いがつくまで耐えてこられたのはこの力のおかげだったんだな。
この概念が頭の片隅にあるとないとではその時の心の持ちようが全然違いそう。

辛いときの記憶について振り返ると、過去そのものは変わらないけど、その時は自分も周囲の人もその状況を耐えていたんだ、ネガティブ・ケイパビリティを活かしていたんだなと思うと、少しおおらかに捉えられたり認めてあげられる気がする。辛い記憶の認識の仕方が変わるとふと思い出したときの苦い気持ちも楽になりそう。

子どものうちからこういう考えや人生における態度を知っておけたら、自分にも他人にももっと寛容になれた場面がたくさんあっただろうな。

これから身近な人が苦しいときは、ネガティブ・ケイパビリティを活かせるように"見ているよ"と伝えること。
自分が苦しいときは信頼できる人にそれを伝えて、見ていてもらいながら日々を過ごしていくこと。どうにもできない自分を責めないこと。