「いいこと日記」というのが流行ったことがあるけれど、
今でも続けている人いますか?
実は、今日から生理でちょっとばかり気分はロー。
でも、いいこともあったので書いておきます。
夫が一次面接通りました。
パチパチ!
新しいピアスが欲しいんだけど、
新しい服も欲しいし、靴も欲しいんだけど、
お金払ってまで欲しいモノが無いんです。
・・・あれ?
結婚当時、夫に遠慮していろいろ我慢しているうちに、
欲しい!買おう!という情熱がすっかり失われてしまいました。
でも、女性として常にカスタムアップしていきたいとは思っているので、
まずは「欲しいモノは買ってもいいんだよ」と自分に言い聞かせるところからはじめなきゃね。
おかしなもので、いろんなものを買わずに我慢しているからといって、貯蓄が増えるわけでもないのがミソです。
生活費や雑費で、形に残らずに消えていくので、
好きなものを手に入れるのは、健全な範囲であれば、むしろ賢い消費者なのかもしれません。
で、今日のいいことは・・・
ひさしぶりに外で和食を食べて、塩さばを食べられたことかな。
子供の頃から、なかなか人の輪の中に入れなくて、
友達が少ない方でした。
それは今も。
今日主婦友達のお宅に遊びにいったんだけど、
私以外の人々は、毎日会ってたり、いつも遊んでいる仲間で、
私が時々入れてもらってる感じ。
だけど、別に彼女らは私をはじこうとしているわけではないみたい。
ただ、私が「入れない」と思っているだけ。
でも、友達って、なんだろう。
と、ふと思う。
毎日でも遊べる仲って、とってもうらやましいけど、
果たして本当に自分もそうしたいかというと、ちょっと・・・だし、
でも私より後に知り合って、既にどっぷり仲間になってる人を見ると、
すこしうらやましい。
私は一生、友達が少ない、友達づきあいが苦手、といって生きていくんだろうか。
いやだー。
もうそれは止めたい!!
枕を抱えて、かわいい顔をして眠っている夫。
読書。
編み物。
ひるね。
カフェラッテ。
カプチーノ。
ふかふかのクッション。
かわいいもの全て。
きらきらしたもの。
しずかな時間。
NHK(基本的に静かなところがとても好き)。
フランス語。
ミー・フェブラリー。
よしもとばなな。
美人。
口紅を塗る瞬間。
掃除したてのクリーンな部屋。
いいにおいの石鹸。
落ち葉を踏むかさかさという音。
ホテルのアフタヌーンティー。
ケアの行き届いた爪。
お母さん。
実家のあたりの野山。
ばら。
日本式のお風呂。
チョコレート。
時間があって、食材もたくさんあって、料理する時間。
寒くなって、夫の足に自分の足を当てて暖める冬の夜。
そう、私は秋冬が大好き。
楽しいことや、自分のしたいことだけしようと思っているくせに、
人が(この場合夫)しようとすると、すごく不安になる。
好きなことい=私以外の何か、と思い込んでいるところがある。
まあ、それはこの夏まではある意味事実だったわけで、
「想念が事実を作る」のはあながちウソではないし、
また「女の勘は鋭い」のもまたウソではない。
そう、好きなことをするというのは、私にとって今ここでしていることを辞める、ひいては私を捨てていく、と同義語なところがある。
当然ながら不安をもたらす。
なぜだろう。
父は私たちというか、とくに長女である私が「好きなことをする」のはまったく許しがたかったらしい。
それは、彼にとって「長男長女は家を継ぐべきもので、それはいやなもので、でもしなければいけなくて、好きなことをして楽しませていると、嫌なことをしなくなるから、好きなことをさせてはいけない」という具合。
手を変え品を変え、言葉を変え、私を家に縛ろうとした父よ。
それがどういうわけか、東京の人と結婚し、いまや海外に住んでいる。
こんなことになるなら、最初から自由にさせていれば、今頃「やっぱり親は大切だわ」とかなんとかいって、
地元に帰ってお婿さんでももらっていたかもしれない。
縛れば縛るほど、人は反発するものだ。
・・・夫もか???
それはそれとして、好きなことをするのは安全なことだ。
楽しいことはいいことだ。
その当たりから私の内面に言って聞かせてあげたい。
私の中では、いつも「義務と責任」が優勢を占めていて、
それが自分だけならいいけど、時には他者にも向けられるので、すごく苦しいのだ。
そんなことを、少しひんやりする十月の終わり、棕櫚の木の茂る街で思うのであります。
そろそろ生理が近いせいか、少々ブルーな自分スパイラルに入ってきています。
あまり深刻に考えない、
重大な決定は先延ばしする、
人のいうことは額面どおり受け取って付加読みしない、
できるだけ楽しいことをする、
などなど予防策を張っています。
夫が、恵まれた才能、環境にいるのに、努力しないで文句ばっかいうのが、とても気になる。
何を求めているんだろう。
どうして、今を生きないのだろう。
今、ここ、しか私たちにはないのに。
「ウソも方便」という言葉があるが、全くその通りだと思う。
だけど、ここだけは正直であってくれよ、という点はおのおの持っているものだし、
そこでウソを疲れるとはなはだしくがっかりするもの。
ウソをつかれたくないポイントが相手と違ったりすると、
「ウソも方便」な度々毎日言ってる人でも、「ウソは許せない」になったりする。
でも一番大事なのは、自分の気持ちにウソをつかないこと、正直なることだ、と思う。
昨日夫と話していて、
「あなたは人を信用していない。新しく誰かと知り合って友達になろうとしない。知っている自分にとって居心地のいい人としかつるんでいたくない。視野を広めたり、新しいことを知ったり、そういうことをしようとしていない。無趣味で怠惰でそのくせプライドだけが高い」と言いそうになって止めた。
だって、それは自分のことだと気がついたから。
誰かを非難したい時、それは自分についていっているのと同じ。
あと、夫やそのほかの知人友人と接していて、すごく反応する時がある。
イライラッとか、もやもやっとか、ムググッとかいろいろ。
そういう時、相手にぶつけずにとりあえず感じてみることにしたら、
すごくいろんなことが見えてきた。
でもまだまだ奥が深い。
全ては自分の中にある、ということを最近しみじみ感じている。
後は実践あるのみ。
まあ、楽しく毎日を送ろうと決めたわけです。
なんとなく不幸っぽい方が、人として上等、なくらいに以前は思っていましたの。オホホ。
大間違いですね。
インナーチャイルドの存在に気づけたこと、すごくよかった。
リアルな感じ、リアルに抱きしめた感じ、忘れられない。
ありがとう。
さて、明日はテストなので、勉強しますー。。
日本人は漢字を書く国民なのでテストは割りと好成績なのよ。
今日は業者さんの来訪で、行動に制限があったので、
明日はのんびりゆっくり午後を楽しもうと思います。
私は面倒なことを夫から頼まれるのが大嫌い。
仕事をしていないから暇だと思われているが、
ヒマだけど、
でも時間やルートを考えて、いつもと違う方に出かけたりするのはめんどくさかったりする。
まして言葉が不自由なこの国で、
何とか要望を伝えて、さらに自分じゃなくて間接的に頼まれたものを相手が満足するように用意するのは、
難しい。
この出来事の奥に潜んでいる「真理」は何かなー。
何を私に気づかせようとしているんだろう。
答えは外ではなく、いつも内にある・・・・