この数日新聞もテレビも新しい首相は誰かでもちきりですが、伊野にとっての最大のニュースは何と言っても「アバ再結成」でした。


2曲の新曲のリリースに続いて11月にニューアルバムが発売されるとのことなのですが、まさか40年の時を経て再びアバの新曲が聴ける日が来るとは思ってもみませんでした。

 

音楽を聴き散らかすタイプの伊野は、ファンになって追っかけたアーティストは数えるほどしかいません。アバはその数少ないアーティストの一つでした。今風に言えば「推し」ですかね。といっても貧乏学生の身でできることといえば、1年に1度発売されるアルバムのレコードを買うことくらいでした。

 

海外アーティストなので当然コンサートに行くということはなかったわけですが(それでも人気絶頂期に来日したことがありました)、当時ドキュメンタリー風の映画が公開されて、それを見に行った記憶があります。

 

もうメンバーは70代になってしまいましたが、それでもきっとニューアルバムは買ってしまうと思います。なるべく物を持たないようにして生きている伊野ですが、大切なものはやはりパッケージで手に入れたいのです。おじさんのこの気持ち分かるかなぁ…

 

 

 

齢をとると昔のことばかりよく思い出す。孫が生まれてからは自分の子供たちの小さい時を振り返ることが増え、さらに自分自身の幼少期と比べたりするからなおさらその傾向が強くなった。

 

この曲がアメリカ民謡であることは、今この文章を書きながらウィキペディアで知った。私が歌ったのは1962年に放送されたというNHK「みんなのうた」のバージョンを基にしていたのだと思うが、すでに当時の小学生にはおなじみの曲になっていたと思う。

 

小学校で歌ったたくさんの曲の中で、この曲の記憶がひときわ鮮明に残っている。教科書に載っていたのかもしれないが、思い出す場面は音楽の授業ではないように思う。今考えると、あの頃はよく学校で歌を歌っていた。教室には必ず足踏み式のオルガンがあり、音楽の授業の時はもちろん授業以外の時も先生が伴奏を弾いてはそれに合わせてみんなで歌った。音楽好きの先生が学級担任になった時は、特にそうだった。

 

なぜこの曲のことが特別思い出されるのかというと、素敵なピアノ伴奏がついていたからだ。イントロが汽車の汽笛に聞こえる3連続の和音から始まり、それがカッコ良かった。先生からもらったのかさっぱり伴奏譜の入手先の記憶がないが、数年ピアノ教室に通っていただけの自分でも弾ける程度の難易度だった。思い出すのは、その「線路は続くよどこまでも」を教室のオルガンに向かいクラスメートの前で弾いている自分の姿だ。

 

授業中に全く手を挙げて発言しないと通知表に書かれるほど内向的な性格だった小学生時代。何も言われた覚えはないが、もしかしたら親は心配していたのかもしれない。そしてその本質は年齢を重ねても直ることなく、今に至るまで私は人前で何かを披露することが全く苦手だ。それだけにクラスメートが集う教室の真ん中で「線路は続くよどこまでも」を伴奏する自分の姿が、まるでそこだけ自分とは違う人間の人生のように思えてならない。

 

残念なことにYouTubeでサクッと調べた範囲では、自分が弾いた伴奏と同じ音源は見つからなかった。どなたか情報をお持ちの方はお知らせください。