何をやっても八方塞がり。
七転び八起きの度に傷だらけになる。
そっとすること、人は人だと割り切ることを忘れてしまった世界。今ここで私は、一体何を信じて進めばいいのだろう。
おセンチなことばかり、それでもこれを拾うのが私だから。拭えない生ぬるい風を、いとも簡単に手放せるのなら、とうに私は違う人間なはず。
先日、歌手のショーンメンデスさんの「僕はゲイじゃない」という動画を拝見しました。彼がその動画の中で「仕草や行動で他人を決め付けないこと。発言する前に、これは決め付けじゃないと疑うこと」が大切だと主張していました。ここ最近の私は、自分に自信がなく落ち込んでいて、廃れて、泣き出したくて、人と比べて自虐することで安堵してしまうような弱い人間になっていました。正直今もそうです。ですがこの言葉で、自分の肌で世界を感じることがどれ程大切なのか気付かされました。二進も三進もいかず、視野が狭まり、正しさと正しくなさがわからず、猜疑心で埋め尽くされていました。そんな中で出会った言葉に、少し救われた気がします。いい歳ですが、まだまだ私は弱いですね。ですが弱いからこそ、堕ちるところまで墜ちてしまったからこそ、ここから這い上がるしかないのだと思います。他人にどう捉えられようが、私の生き方は私自身のものです。それを変えるか変えないか、どの辺りで他人の意見を取り入れ、どの辺りで自分の芯を貫くか、世の中のルールに則るにはまずは自分を変えなければならないのか、変えない部分を伸ばさねばならないのか。変わらないものと変わってしまうものが混在している中で、私はどちらに想いを寄せ、何を見れば良いのか。まだ少しわかりません。

これからもこうして、思いの丈を書き記そうと思います。昨日までの私なら「痛いと思われるだろうな」と自嘲していたところですが、今日からはもう少し自分を大切に。人を傷つけない程度になら、やりたいことはやっても良いんです。誰のためにならなくなって、自己満足だって、結果的に自分のためになるのなら。

申し遅れましたが、現在18歳の女子高校生です。
それ以外、晒しても何も面白いことがないので敢えて伏せておきます。少しでも面白いと思っていただければ幸いです。面白いことは書いてませんが笑

大それた人間ではないですが、お悩み相談も承りますのでお気軽にコメントください。痛みを知る者同士、分かり合える何かがあるはずです。傷の舐め合いと言われたって良いじゃないですか、極論人は傷と傷の舐め合いで繋がれるものなんですから。

毎日少しでも、何かを続ける癖を付けようかと思いブログを始めました。誰かが見ていても見ていなくても、日常より少し自然体な自分をさらけ出せる場所を作るつもりです。