令和5年6月某日。(2023年)

よく晴れた暑い日でした。

鹿児島県南九州市知覧町にある「知覧特攻平和会館」に行ってきました。

 

 

 

前々から訪れてみたいと思っていたのですが、ようやく実現できました。

 

知覧には、神風特攻隊の飛行基地がありました。

特攻隊員たちは、17歳~21歳くらいの少年兵とも言えるような人たちだったそうです。
なかには30歳代の人もいたようですが少数派だったようです。

特攻隊に関する説明は、私がするより他に詳しい方がいらっしゃると思うので

他の方に譲りたいと思いますが、

特攻隊員を偲ぶ施設があることをお知らせしたいと思いブログにしてみました。

 

宿泊地が鹿児島中央駅だったので

鹿児島中央駅からの路線バスに乗って行きました。
スケジュールの都合で朝8時過ぎに最寄りのバス停に着き
会館の開館時間までだいぶあるので時間を持て余すかと思っていましたが
護国神社や観音堂、屋外展示物などがあり、

それらを見たりトイレに行ったりしているうちに開館時間となりました。

 

有料ですが、Ipadの音声ガイドが借りられるので利用すると良いと思います。
こういう顕彰施設というんでしょうか、博物館になっていていろいろ展示や解説があるのですが、

私の場合、説明を読んだり聞いたりして詳しく知りたいというより、

 先人に思いを馳せる 心を向ける 供養する ために行く感じで、
お墓参りに行くような気持ちで行っています。
なので説明読むのは苦手だったりします。
 

零戦機体や、兵士たちの遺品などが沢山展示されていましたが、

いちばんインパクトが強かったのは、

入口を入ってすぐに展示されている陶器製の壁画でした。
特攻で焼け死にゆく兵士を、天女たちが抱えて天に引き上げていく画面です。
神風特攻というと一瞬で爆死するようなイメージでいましたが、
決して短くない苦痛の時間を伴いながら、ジワジワ焼け死んだ兵士も多かったのかもな、、

と思い至り、胸の奥が焼かれるような思いがしました。

もう一つ、印象に残ったのは、館内中央の壁一面に貼られた「開聞岳」の写真です。

元特攻隊員で機体故障などで帰還した方の言葉で展示することになったそうですが、
飛行場を飛び立ち、鹿児島の南にある開聞岳を見ると、不思議と覚悟が決まったといいます。
私も、山を見ると、不安な心が落ち着くような感覚を得ることがありますので
なにかとても、わずかな救い(慈悲?)が開聞岳だったのかなと思いました。

小学校の頃の担任教師が左翼教師で

「特攻隊員たちは最期「お母さーん」と叫んで死んでいった」とか言ってましたが
「天皇陛下万歳」という言葉でなければ、とても特攻なんて出来なかったと思います。

天皇陛下に祖国・郷土・故郷・友人・家族、すべてを託してでなければ

命を賭した決死行は不可能だったと思います。
(命を賭した決死行、なんて言葉が二重ですが、このままにしておきます)

 

不謹慎かも知れませんが、

17歳の特攻隊員がいたという説明を読んで
「女性を知らずに死んでいったのかもな...」と思ったら、

なんだかとても切なくなりました。

少年兵に国防を担わせるようになったら終わりだなと思いました。

戦争で死んでいくのは、年長の大人から死んでいくべきだと思っています。

地元の女学生が、兵士たちのお世話をしていて、

その子たちとの交流が、せめてもの救いだったろうなと思いました。

 

 

 

開館の朝9時の時点でも10人以上来館者いましたが、

2時間ほど見て、引き上げようという頃には、かなり大勢の来館者が来ていて

「お、日本人まだまだ捨てたもんじゃないな」と思いました。


知覧特攻平和会館の隣には郷土博物館があり、一体は平和公園になっています。
隣接して道の駅みたいになっている商業施設もあるので

カフェでお茶したり、お土産を買ったりできます。

 

みなさんも機会があれば是非行ってみてください。

 

館内の写真は撮れないので、屋外展示の写真をご覧ください。

 

知覧特攻平和会館。両側の並木は桜なので、春はピンク色になります。

知覧特攻平和会館、一人500円。
かごしま水族館との共通チケットは1600円なので、

水族館も行く予定の人は、400円もお得になります。

 

平和公園内のカフェで、知覧茶ラテ、いただきました。
甘さ控えめで美味しかったです。

知覧はお茶でも有名ですね。