色んなスピリチュアルや宗教的な考えに
自死したものは必ず後悔をし
天国にも地獄にも行けず
この世とあの世の漆黒の狭間でさまよい続ける…
…というようなことが言われています
うちの子は…
あんなに優しくて物静かな子だった息子が
生きている時にはパワハラにあい、責任を押し付けられ誰にも相談せずひとり旅立った弱くて優しい子が…
天国にも行けず今も尚苦しんでいるのか、、、
自死をするということは
残された家族を悲しみのどん底に落とすという罪はあるでしょう
私も後を追うことを今も一日たりとも考えなかったことはないほど
生きる糧を見失いました
でも
この世とあの世というものがあるのなら
この世は肉体と魂が修行をするところ
あの世は現世で修行をし疲れくたびれた魂を神様の元で休息し浄化するところ
…ではないでしょうか
…というより修行をしレベルアップをする意味とはなんでしょうか
輪廻転生という言葉が本当であれば
善人も悪人もさまよい続ける事無くちゃんと生まれ変わって来ているのだと思います
そして
この世が修行の場であるというのならば
命が地球に存在してからずっと
修行をしなければいけない未熟な魂ばかりなのでしょうか
スピリチュアルは生きているものの為に「言葉」という癒す力があるのはわかります
宗教も生きているものの心の拠り所のために必要な事だということもわかります
お葬式ではひとつひとつ事を終えるたびに私の心も納得していきます
でも悩んで苦しみ抜いて自死を選ばざるをえなかった者の先が「どこにも属さずさまよい続ける」…なんて言って欲しくない
見たことも経験したこともないことをさも知っているかのように広めるのはやめて欲しい
今回自死遺族になってアメブロで同じ経験をされた方のブログを見て思いました
こちらのブログが自死遺族の為のスピリチュアルだということ
少しづつ癒され、いろんな考えに自分を導かされ救われております
自死は決して解決するための手段ではないです
自死は食い止められるものであれば食い止めたいです
生きているものに対して自死ということは否定しなければいけないと思います
でも
自死遺族には
自死をした後どうなる、、
さまよい続ける最悪の結果になる…
…というようなスピリチュアルは教えはいりません
私の息子は
今、神様の元で「よく頑張ったね」と癒されているんです
来世は必ずまた私の息子として生まれ変わって来ます
今日の写真は家の庭の
ローズマリー
花言葉は…
『追憶』『思い出』『記憶』『献身』『貞節』『あなたは私を蘇らせる』『誠実』『変わらぬ愛』『私を忘れないで』『静かな力強さ』
