森下という所に移り住んだのは、2000年の秋だった。その年の12月に都営大
江戸線が開通し、交通手段に余裕ができた。余裕といっても、新宿線の他に大江戸線
が選べるというだけだが、バスや他の路線との組み合わせるとただの二者択一ではな
い面白さがあった。
 引っ越してきた頃、まだ渋谷に席を置いていた私は、都営新宿線の神保町で半蔵門
線に乗り換えていた。
 通勤時間を考慮され、2002年錦糸町に異動になった時は、そのどちらも使わず
バスという手段を選んだ。本当は大江戸線を使いたかったが、両国乗り換えが楽では
なかったからである。バスは乗り換えなしで錦糸町に通えた。
 翌2003年千葉に異動になるが、その時も大江戸線は使えず、またも都営新宿線
。ただし馬喰町からJRに乗り換えるという新しい試みがあって残念でもなかった。
距離が遠いのが難点ではあったが、今にして思えば懐かしい想い出である。
 2003年暮、一転してまた錦糸町に戻る。バスはもう使いたくなかった。ただ以
前と同じが嫌だった。幸い半蔵門線の水天宮と押上間が、私が千葉に行ってる間に開
通していた。早速使わない手はなかった。都営新宿線も反対ホームの利用となるし、
住吉での乗り換えもスムーズだった。
 そのまた1年後の2004年暮、いよいよ大江戸線を使う日がやってきた。実際に
は2005年に入ってだが上野店への異動である。乗り換えなしで10分は快適だっ
た。安住の地を求めての異動だったが、長くは続かなかった。それは蒲田への異動が
決まったからである。
 今月の16日から蒲田に通っている。一応大江戸線で大門まで行き、JRに乗り換
える。千葉に行くよりは近いのに、上野が楽だったせいか、苦痛を感じる。ただ通勤
時間だけの問題でもないのかもしれない。
 いずれにしても森下を走る地下鉄の上下左右を経験してしまい、もうどこに異動に
なっても新たな試みはないのである。