チームメートの様子で喜んでいいと思った
イチローは10年連続200本安打のベース上でそのように思ったらしい。
彼は異国であるからこそ、この偉業を達成することができたのではないか。
狭い日本でこのようなことができただろうか。
一人で10年間2000本を打つということは、他の人の打席をかなり奪うことになる。
これは日本の狭さでできうることだろうか。
アメリカは実力主義だ。
だからできたような気がする。
そのアメリカですらイチローの業績に対し、やっかみがある。
人間社会とは難しいものだ。
信じる道を行くのも一つ。
人間同士妥協するのも一つの道だ。
同じ年にアメリカに渡った新庄の魅力は全く別次元のものだ。
イチローの勤勉さ、実直さとは違った魅力だ。
すべてがイチローでなくていい。
イチローは素晴らしいが、すべてはイチローになれないのだ。
ならば他の魅力を放つ以外にない。
結果を出すまでのイチローはとても苦しんだようだ。
そして結果を出して、すべてに納得してもらえる。
人間社会の難しさとイチローの素晴らしさと、
そして改めて個々の魅力の再発見を考えさせられる。
