アルティメットマト -14ページ目
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風邪のだるさを1週間以上ひきずっている。
いや、正確には症状もしっかり残っている。

いつになれば治るのだろうか。

明日はバイトだ。

今更代わりを見つけるわけにもいかない。


このだるさが憂鬱さを作り出している。

頭が重くてろくに動けない。

ただ好きな色の花を眺めたり、空を見たり、そんなことばかりしている。

たった今、出勤日が増えた。

風邪は治るだろうか。


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なんだかんだで結構な人数の方がわたしの誕生日を知っていてくれたようだ。

思いもかけないところからもお祝いのメールをいただいたりして、素直にうれしいと思った。

やっぱり、うれしいものなんだ。

4月からは大学4年、それなりに年はいっている。
それでもうれしいと感じる。

わたしが築いてきた人間関係は、完全に間違いだったわけではない。

この真冬に、あたたかいものに触れた。

ありがとう。


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明日はわたしにとって特別な日。

この年になって言うことでもないし、昔みたいに心が踊るなんてこともなくなってしまったけど、それでも毎年やってくる。

梅の蕾が膨らんで、あともう少しで咲きそうというこの季節。

あと一歩、まるで自分の人生を表しているみたいで少し複雑な気分になることもある。

少し早めのプレゼントをもらった。

わたしはいつだって人に何かを与えてもらってばかりだ。

それなのに“寂しい”だとか“自分は一人だ”なんて言って、どうかしていると思う。

例え身体を暖め合うだけだとしても、人のことは信じたいと思う。

いや、わたしは疑うことの方が苦手だ。

きっと。


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こちらは病み上がりに謎の食欲が湧いてきたので作ったパスタであるが、これを食べた後胃が痛くなってのたうちまわるはめに。

おかゆばかりを食べていたせいか、こういうしっかりしたものには胃も驚いたのだろう。

いかにもパスタに入れそうな具がなかったので冷蔵庫にあったサラミとカイワレ大根を乗せてみたのだが、色合いとしても味としてもよかった。

味付けは、ペペロンチーノの要領で。

ポイントとしては少し醤油を加えること。
香ばしくなって良い。

恐らく魚貝類に合う味付け。

そんなところだろうか。


パスタと言えばアンディ。
あ、これマニアックな話か。


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Simplogが使えない間に風邪をひき、治り、そしてぶり返した。

紅茶、緑茶、金柑生姜、塩うがい、いろいろ試した。

幸いインフルエンザではなかったから、2日くらい寝たら熱は下がって試験も受けそびれずに済んだ。

そして昨日調子に乗って出掛け、バンドのミーティングと言う名の飲み会に参加して風邪をぶり返した。

実に仕方のない人間である。

また寝込むはめになった。


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こんにゃくを入れ忘れたことに気づいたのは、食べ終わる直前。

ゴボウの皮をいかに取り除くか、に集中していたら完全に頭の中からいなくなっていた。

こんにゃくは、こんにゃくステーキにでもしてみようか。
作ったことないけど。


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またコイツ、パスタか
なんて言われそうな気がする。

確かにまたパスタ。

大好きな明太子のパスタ。

明太子と和える前に軽くオリーブオイルを馴染ませておくと楽。

フライパンで茹でるとお湯が沸くのを待つ時間が短くなるからおすすめ。


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この三角形のもの(通称おにぎり)は実は借物。

スタジオで演奏しているときにやたらめったらストラップが外れて発狂していたら石川君が貸してくれた有難い品。

さっさと返そうと思いつつ3ヶ月くらい付けっ放しだ。

大変申し訳ない。

それにしてもこれをつけてからというもの、あの壊れたストラップが一度も外れないから実に素晴らしいと思う。

新しいストラップを買うお金が今存在していないのでもうしばらくこのおにぎりを借りておこう。

お金が入ったらストラップとおにぎりを買って、返そうと思う。

感謝と申し訳なさを込めつつ
「ありがとう」
とここで言っておくことにしよう。

ありがとう。


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客は神様ではないし店員も神様ではない。
どちらも人間である。

確かに客にはサービスを受ける権利がある。

しかし、
「わたしはお客様、神様なのよ」
という態度をとる客にはうんざりする。

店員も人間である。
プロ意識が足りないだのなんだの言われても我慢の限界というものがある。

わたしのミスを許してくれと言うわけではない。
誰のミスであれ起きてしまったことについてああだこうだと文句を並べても仕方のないことだろう。
ましてやミスをした人間の人格まで否定したところで何になる?

店員にサービスを提供する際の意識が必要とされているのと同じく、客もサービスを受け取る際の意識が必要ではないだろうか。


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立派な苺。

苺が野菜だと知った時は、すごく驚いた記憶がある。

よくよく考えてみれば簡単にわかることだけれど、子供にとっては驚かずにはいられないことなのだろう。

などと。

ここ最近の、言葉にし難い憂鬱について考えながら
「子供のころに戻りたい」
と月並みなことを思う自分はとても浅はかだと感じる。

「苺って野菜なんだ」
あの時受けた衝撃みたいなものを求めて妙な所に足を突っ込んでしまったんだな、と。

結局“衝撃”なんてものは一瞬の、一過性のものなのだから、どうしようもない。

どうせなら、ただただ食卓の苺に心を踊らせたころに戻りたい。