先日親に「携帯やばいんだったら変えてもいいよ」と言われた。
確かに私の携帯はメールの送受信がやたらに遅かったり、バッテリーの消費がやたらと激しかったりする(連続起動20分で切れたこともある)のだが、まぁもともとあまり使わないし壊れてるってほどでもないし、どうでもいいかな、とか思って「まだいいよ」と言っておいた。

そんなやりとりをしたせいか、その夜携帯をちょっと触った。
誰だかわからない名前が、メモリにあった。
誰だっけ。
そんなことを思い、考える。
確か、中学くらいの知り合いだった気はする。
たぶん、もう何年も連絡を取ってはいない。

でも、消すという行為ができないまま今まで来てしまったのか、と思った。

もう、この番号じゃないのかもしれない。
もう、相手は私の番号を消したのかもしれない。
それでも、まだ消せない私がいる。

自然にしていたらとうに切れている繋がりが、こうしてまだカタチとして残ってしまっていること。
それが、どうしようもなく、疎ましく感じた。

過去は適度に無くなっていたほうがいいと思う。
少なくとも私は、積み重なった過去に向き合いながら今を生きることなんてできない。

この携帯には、過去が多すぎる。
もしかしたら、私よりも。

今度携帯を変える時は、メモリの引継ぎとかはしないようにしようかな、と思った。