★この先のブログへの繋がりにもなる
ことなので まずはこの内容から
話したいと思います。
私は21の頃に病気で母を亡くしました。
それから何度も何度も墓参りを
重ねてきました。
親父から墓参りは大切なことだと
何度も言われてきました。
親父はしきたりとゆうものを重んじる
人だったので 本命日や迎え盆送り盆
など重要視していました。
ですが私はその考えがあまり
好きではなかった。
なぜならお彼岸やお盆など
そうゆう行事の時だけ墓参りを
するのは義務的に感じたからです。
なので私は勝手に
母の誕生日
母の日
本命日以外の命日(行ける時)
にも墓参りをしていました。
そして1人で墓参りをする時間も
いつしか好きになっていました。
ところが何年も何十年も
墓参りをしていてある日
気づいてしまいました。
私は母の供養の為に
墓参りをしてきたつもりでした。
ですがやっとわかったんです。
墓参りをしていて救われているのは
自分だったとゆうことに。
そこに気づくのにどれだけの歳月が
経っただろう。
さすがにその日は涙がこぼれました。
私は病気の母親へ
優しく接することのできなかった
当時の自分への罪悪感もあり
墓参りを続けてきました。
だけど結果救われていたのは
自分自身だった。
もちろんそれは自分がそうなだけで
他の人達も同じかはわからない。
だけど自分の目の前(母のお墓)
にあるのはまるで鏡のようだった。
母は自分だった…
後にそれが父も自分であり
兄弟も自分であり他者も
また自分であるとゆう
考え方の発端となった。
そこから色々な本質を見る目が
養われた気がします。
その内容はこれから少しずつ少しずつ
ブログに書いていこうと思います。
決っして笑ったり和むような
楽しいブログではないですが
ここまで読んでくださった方
ありがとうございました🍀