国名 どうでもよいがやっと頭の整理ができたこと
11年ぶりのブログ再開にあたって、他のSNSに書いたものをいくつか転載です。
どうでもよいがやっと頭の整理ができたこと1: ギニアとギアナ
アフリカにある国はギニア。セネガル川以西の人をそう呼んでいたことから。国は、ギニアがあって、ギニアビサウというのもあって、何故かスペイン語公用語の赤道ギニアなどがアフリカにある。
一方で、現地語ギアナから名がついた南米のガイアナ、仏領ギアナ、スリナムの3国あり。
アジアでは、ニューギニアがあるが、この地に訪れたイギリス人が熱帯気候や肌の黒い人々を見てアフリカのギニアに似ていると思ったことから名づけたという。
どうでもいいが頭の整理ができたこと2: ザンビアとガンビア
ザンビアは南半球の資源も豊富で人口もそれなりにいる国、ガンビアはもっと北の西アフリカの人口150万人とかの小さな国。
最初の職場で、経理課だったが外務省の経済協力関係の公電のコピーを回覧する作業を新入りとしてやったが、公電にガンビアとあったので、外務省の公電でも誤字があるのかと鉛筆で「ザ」ンビアに直して回覧したら、課長から呼ばれて、福居くん、アフリカにはガンビアという国もあるんだぞと笑われながら怒られたことがあったこと。あの課長はいい人だった。
2020.5.7
今日は日本でいう花祭り?、シンガポールではベサックの日で祝日。この、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教の祝日をまんべんなく採用してくれている国での仏教の番。
お釈迦さまの誕生日と思っていたら、悟りを開いた日、らしい。ということはあの世にいってしまった、肉体的な死の日なのか。よくわかりませんが、日本がGW明けなので、今日は日本がらみの溜まっていたお仕事。結構、メール、Zoom、Line、Skypeを使ってできてしまう。
関連項目をぐぐっていたら、キリスト教では40が意味ある数字だというのに出くわす。Quarantine(検疫隔離)の語源となったイタリアがペストのときに設けたクアランタ・ジョルニ(40日)も、なぜに40日かとおもっていたが、そんな数字も関係しているのかしてないのか。今般のシンガポールの外出自粛も4月7日からくらいなので、来週で40日か。
Wiki
「40」という数字は旧約聖書の中で特別な準備期間を示す数字であった。例えば、モーセは民を率いて40年荒野を彷徨っている。ヨナはニネヴェの人々に40日以内に改心しなければ街が滅びると預言した。イエスは公生活を前に40日間荒野で過ごし、断食した。四旬節の40日間はそのような伝統に従い、キリスト教徒にとってはイエスに倣うという意義のある準備期間となっている。「四旬節」の語源「クアドラゲシマ」はラテン語でもと「40番目」という意味で、元は初代教会で復活祭を前に行っていた「40時間」の断食のことであった。
シンガポール和食処自慢
いまだこのブログというものの使い方がよくわからない状態なのですが、昨晩、うまいものを食べて幸せな気分になったので、備忘録的に書いてみます。
3週間ほど前に、7,8年前に仕事でお世話になった方から不思議なメールが来ました。代々木八幡駅近くの「かぶら」という和食の店があるのですが、知人はそこの常連になっていて、私も昔も10回近くそこで飯をご一緒させてもらったことがありました。
知人いわく、かぶらのカウンターで飯をくっていたら、シンガポールで店をやっている勉強熱心な日本人夫婦と知り合った、シンガポールといえばF(私)、話ておいたのでぜひその店にいってみるべし。
いってきました。カッページプラザ地下1階の、寿司割烹 お々井。ちょうど、知人のインド系英国人とその紹介であった台湾人とおいしい和食を食おうといっていたので、2人を誘いました。
カウンター席で、店の内装は雑然としていて、地方のスナックのような雰囲気なのですが、つきだしがでてきて、おっ、これは期待できるなという印象。関西弁の大井婦人は、えらく明るく、おいしいもの命、という雰囲気が伝わってきます。世間話をすると、シンガポールにきて12年、違う名前の店をやっていたのをオーナーシェフとして今の店をだした。いろんなかっこいい店の名前を考えたが、旦那さんが自分の名前でやろうということで、おおい、に。英語だと OOIなので、英国人が名刺をもらって ゼロゼロワンてなんですか、と変な質問をしていました。
つきだしは、横長の小さい木の器にちょこっと4品。めばる(?)の焼いたの、きのこや山菜をあえたもの、花びらのようなイカの燻製、大根の皮を乾燥させてひらひらになったやつ。これらを辛口の日本酒にて。
次は、山芋をそうめんのように切ったもの。そして、黒豚の焼いたやつ。インド系英国人は牛肉だけだめといっていたが、これも一片食べて、やっぱり肉はいいわ、というので残り2切れをもらう。あっさりうまい。
刺身。旦那の実家か親戚が広島で魚屋やっているとのことで、しゃこも出た。これがうまい。身をはずすのが結構技術がいるんですよと解説あるが、英国人、台湾人ともひたすらうまそうな顔をして刺身をほうばっている。
英国人が、秋にネバダの砂漠で Burning Men というIT系のダボス会議みたいのがあって、自分は参加するのだという。GOOGLEの創業者とかEBAYの創業者とかがきて、何万人も集まって、かなり不思議なことをするイベントということ。バーニングメン、火あぶり刑の人たち???なんのこっちゃ。
はまちの煮付け。台湾人が、これ、しょうゆと砂糖?とママに聞く。ママ曰く、砂糖は入っていません、甘さは新鮮な魚から、と。これも日本酒にあう。
そして圧巻は、牡蠣フライ。牡蠣は当然広島産。2人ともこんなうまい牡蠣を食ったのは初めてと絶賛。確かにうまい。とんかつソースで1つ、しそ塩で1つ。日本酒3合目。
ああ、うまかった。インド系英国人には過去数年、いろいろ世話になったので恩返し、台湾人は先週彼女の会社の人脈づくりディナーというのに誘ってくれたので恩返し(ちなみにこのディナーがえらくうまかった。南アからのシェフのフュージョン・フレンチ)。
タクシースタンドが長蛇の列だったので、バスで50分ほど揺られて帰宅。11時すぎであったが、家族も娘の幼稚園の同級生の家でつどって飲んでいた(母親)とのことで、起きて走り回っていたのでびっくり。シャワーさせて歯を磨かせて寝かす。12時。
先週は仕事面でがたがたして、嫌なこともあったので、13日の金曜日ながらも、最後にうまい飯で締めくくれたのでほっとして寝ました。
2009/1/22 メール最終号
以下、顧客向け限定メール最終号から差しさわりのない部分を抜粋掲載です:
各位
前回、年内にもう一度とお約束していたこの私的メールですが、貧乏暇なし、あたふたする間にいつのまにか新年にはいってしまいました。当地シンガポールでは来週月曜日が正月なので忘年会やら正月用品の買出しなど、今ちょうど年末のあわただしい雰囲気が街にただよっています。市場ではオバマ政権発足までは新年がはじまったとはいえないというようなことを言っていたストラテジストもいましたので、そんなこんなに免じて遅れをお許しください。
前身の"Newsletter" そしてそのさらに前身の「運用週報」は2005年後半頃から3年弱の間、ファンドの日本人投資家向けに毎週末日曜日の深夜に書いて送っていたのですが、既報のとおり今年春のファンド運用終了ともにその役割を終え、その後は惰性で不定期にて数回続けたこの私的メールも予定どおり今回で完了となります。
さて、最後だからと気張るつもりはないのですが、これからの世の中について、わかること・わからないこと、自分自身の頭の整理をさせていただこうと思います。以下、おおまかにわけて、(1)cyclical v.s. secular trend、(2) 米国の行方、について私見を述べさせていただいて、最後に近況をご報告して終わりとしたいと思います。
(1) cyclical v.s.secular trend
今後の見通しについていろんな人がいろんなことをいってます。現在の危機もどうにか収束して来年くらいには回復へ、いや今回は100年に一度の危機なので5年はかかる、いや日本の失われた10年のような長期の停滞になる等等、景気の循環的な回復の見通しともっと中長期の構造的なトレンドがどうなるかが整理されずにごっちゃになった意見が多いように思います。もちろん、米国経済は今年にもV字回復へ、というような脳天気な意見(あきれる話ですがそんな意見も存在してます)は論外というかこの議論をする以前の話でありますが。
カナダにグローバルマクロ経済・市場分析のシンクタンクがあるのですが、その年間3百万円くらいする市場レポートはグラフがシンプルでわかりやすく、予測が当たる外れるは別として欧米のヘッジファンドの連中が結構重宝して読んでいるとのことですが、数ヶ月前に無料トライアルというのがあったので申し込んでおいたらある期間毎週のようにメールがおくられてきました。その中に、上記のような、循環的な動きと secular trend をちゃんと区別して整理せよという内容がのってました。私事、1996年に当時10数人で白金のマンションでやっていたSという運用会社にはいったときにこのレポートに出会ったのですが、当時は印刷されたものが月に1回社長のところにとどくと新米の私がせっせとコピーをとって皆に配って読んだりしてました。懐かしい思い出です。34歳、まだ独身の頃でした。
当時、secular trend という単語をそのレポートで見て、はてなと辞書を引くと、secular は「世俗的な;現世の」とある。「現世のトレンド」とはなんぞやとますますわからなくなって読み進むと、どうやら、景気循環的な動きをcyclical trend と明確に捉えて、もっと中長期で経済構造がシフトするような大事の話が起こしている動きを secular trend と言うのかとわかりました。投資というのは後者みたいな大きな動きを見出すのが大事である、というようなお話でした。
さてその昨年11月頃のレポートに、「金融市場は景気循環的な動きを効率良く織り込んでいくが、長期的に大きな影響をもたらす secular change を消化していくのは不得手である」、というような一文がありました。例としてあげてあったのが、「80年代前半のポール・ボルカーFED議長のインフレにとことんまで闘うというメッセージ」。市場参加者が、そのインフレ退治の金融政策がその後20年にわたる株と債券のブル相場という secular trend の下地となる重要な変化であったというのを気がつくまでかなり時間を要したとのこと。
そしてそのレポートでは明らかになりつつある secular changes として、「世界的なデフレの時代、ケインジアン的な積極財政の時代への突入」ということをあげてます。そんなもんあんたに言われなくてもわかるがな、程度のポイントですが、案外、今回の危機をきっかけとした大きな変化として今後10年も20年も続くトレンドの基本とてこの2つの点を整理をしておくとすっきりするような気がします。それが望ましいということではぜんぜんなく、そうならざるをえず、それがだらだら続く世界となるという点で。資産デフレの90年代を経験した日本人としては、未踏の新天地にあたふたとする英米人を尻目に、ああ、あれが世界規模で起こるのか、と思っておけばよいのではないでしょうか。強烈な実体験は問題解決に力強い武器になるはずです。
ところで、昨年夏以降、米国の金融政策、財政政策ともに、「なりふりかまわず」乱暴な処方箋を書いているように見えます。しかし侮ってはならないのは、経済学という学問が過去のいろいろな事例の実証研究を重ねてそれなりに有効な政策を提示している可能性かと思います。抗生物質みたいに即効性は期待できないですが、いま実施されている政策のおかげで、1930年代の世界大恐慌のようなひどい状態が回避されつつあると思います。しかしながら、政策努力にもかかわらず、ずるずるとデフレは続き、財政出動も無駄が指摘されながら何年も続いてそれでもGDPは若干のマイナス成長、そんな風な展開になるのは避けられないのでしょう。でも大恐慌シナリオは回避されて、90年代に日本人の多くが感じていた、たしかに景気は悪いけど生活自体は無茶苦茶に悲惨ということはないなという展開が確保されつつあるのではないでしょうか。
経済というエコシステムは、風が吹けば桶屋が儲かる、ようなところが多々あり、一見おかしな政策のようでもきちんと効果がでてくる政策もあります。「風が吹けば」のたとえは、風が吹くと、土ぼこりで盲人が増え、三味線需要が増えて、猫が捕獲され、鼠が増えて、桶が齧られて、桶屋が繁盛する、とのことです。風がふいてきたので土ぼこり対策をしよう、ではなく、三味線生産を抑制する政策を実施することで桶が齧られるリスクが回避される、というようなことが案外あるのです。
銀行システムが機能不全に陥りそうになったら、金融政策で流動性をじゃぶじゃぶ供給して、日本がゆっくりやった不良債権処理を公的資金でどんどんすすめる。批判されながらも銀行救済を実施する。でも貸し渋りは直らず景気は停滞(昨日話を聞いた証券会社のドイツ人も、いろいろやっても銀行が貸さないから信用創造がおきなくて経済はだめ。日本がそうだったし米国も今後同じ問題をかかえるとかなり悲観的でしたが)、しかしながら金融政策でなにをすべきかという点では正論でスピード感をもって事がすすめられている感じがします。財政出動についても、過剰設備・過剰労働力が存在して需要が足りない、財政で仕事を産み出して支えるのは極当たり前の話で、緊縮財政していてもしょうがない(この点IMFというのはラ米やアジアで馬鹿な提言してましたが)。アメリカは道路もぼろいのが多いし、公共事業、よろしいのではないでしょうか。
話をちょっと戻して、cyclical trend、景気循環な動きについて。景気循環的には明らかに下降が始まってしばらく続くのを否定する人はいませんが、その先の景気循環的な底打ち、回復に対して悲観的になりすぎている人が多すぎるような気がします。添付が最新のOECDの景気先行指数で9ヶ月だったか景気を先読みする指数ですが、確かにどこもぼろぼろです。ただ、在庫を絞って、さらに生産キャパを絞って新規設備投資もせず、悲壮な思いで経営していると、いずれは、2年、3年もすると、在庫が足りない、再び設備投資しないとオーダーに対応できない、というような動きもでてくる。それが景気循環だと思います。楽観的と言われても、仏教の輪廻思想のように、老いて死せばまた輪廻転生、下がったらまた戻る、やはり経済はサイクルで動いています。バブルに浮かれた人類に最後の審判が下って皆地獄へ、というような世界終末論はマスコミ的にははやるでしょうが、ノストラダムス予言のように忘れ去られていくでしょう(90年代の日本もオウムやら終末論的馬鹿がはびこりましたが)。
頭の中がうまく整理できてなくて恐縮ですが、以上、まとめられる点をまとめると、
・大きな流れとしては今後は世界的にデフレ、需要停滞の中で財政支出拡大し、恐慌的なGDPの落ち込みは回避しうるが、基調としては世界経済の低成長の時代がだらだらと続く可能性大。
・景気循環的にはいつかはわかりませんが数年後、或いは4、5年後に cyclical な世界経済の回復局面がおの
ずとでてくる。
(2) 米国の行方
火曜日夜に朝2時過ぎまで起きていてオバマの就任演説を聴きました。暗殺未遂など起こると大変だなと聞いていましたが、つつがなく終わりほっとする一方で、演説自体はそれほどおもしろいものではなかったという印象でした。
これからの世界経済を考えるにあたって、米国政治経済がどうなるかが一番重要なポイントであるのは間違いありません。証券会社のストラテジストの中には、にわか歴史学者になって過去の事例の類推で米国はこんな流れになっていくのではというようなレポートをだしている人がいますが、うすっぺらな内容が多い。強烈な実体験からきている個人的な見方ほどおもしろくて意外と参考になることも多いので、敢えて個人的なアメリカ体験をちょっとご紹介しておきます。
1979年7月から1年間、17歳のときに高校の交換留学でカルフォルニアの田舎街にお世話になりました。初めての海外、初めての飛行機でむかった先は、P市というカリフォルニア北部の今ではワインで有名ですが当時は主要産業が養鶏の静かな街でした。
街に2つある高校は公立校で義務教育が高校までなので街の皆がどちらかに通うという意味で、日本の普通の公立小中学校のような、優等生から不良までいるところでした。週末になると甘い香りのマリファナがぷんぷん匂うパーティがどこかであり、学校にはファーマーズとロッカーズという2大勢力が存在して週末になるとけんかあったりしてました。私は世話になった家の子供がロッカーだったので、彼が買ってもらったばっかりの赤いトヨタ・カローラに乗っかって、街角にGMのピックアップ・トラックのまわりにブーツをはいてたむろしているファーマーズに「farmers suck! (ファーマーズ、ばかたれ)」と叫んで逃げたりと、かなり幼稚なことをして日々を過ごしていました。
ウォーターゲート事件の後の76年に登場した民主党のジミー・カーター大統領の最後の1年で、イランのアメリカ大使館で人質事件が起こったり、ロシアのアフガニスタン侵攻があったりと、外交でカーター政権はぼろくそ言われていた記憶があります。ベトナム戦争の後遺症もあり、アメリカは日本からの輸入品にもおされぎみで、政治も経済もぱっとしない感じでした。カーター政権も1期で終わって、そこからレーガンが登場します。クリスマスの頃、近くのロータリークラブだったかでクリスマス・チアーというイベントがあり、留学プログラムがロータリーから資金援助を受けていたのでボランティアとして手伝いに行くと、寄付でおもちゃが集められていて恵まれない家庭の子供に渡すために包装したり、とりに来た人に手渡したりという作業を担当させられました。
ポルトガル人の留学生と店番していると、スポーツカーに乗った毛皮のコートを羽織ったサングラスのおばさんが来て、プレゼントが欲しいというのでひとつ見繕って渡しました。ポルトガル人が「今の見たか。あれジャガーやで。ジャガー乗って毛皮着てても、子供にプレゼント買ってやる金が無いねんな。アメリカっていうのはけったいな国やな(ポルトガルなまりの英語だったので関西弁風にしてみました)」。この光景は強烈な記憶として残っています。
話が脱線していくようですが、個人的体験から感じるのは、これからのオバマ民主党政権のアメリカは70年代のカーター政権の時のような弱ったアメリカになるのではないかという懸念です。
その後1991-96とクリントン民主党政権下のアメリカにも滞在したのですが、お調子者ビルは、彼の風刺(あるいは賛歌としての)映画フォーレスト・ガンプのように何故か運がよく、財政黒字を達成したり、ドットコム・ブームにでくわしたりと、いい加減ながらアメリカ全体が元気な感じがありました。カーターはウォーターゲート事件後にワシントン・アウトサイダーとしてフレッシュな感じで登場したものの、人柄が良いのはさておき、失策続きだったという印象でした。オバマはカーターよりもJFケネディとかと比較すべきなのでしょうが、これから進展する米国の家計の調整を想像するに、自分が目の当たりにした中流層の疲弊が70年代のアメリカのような状況を生み出すような気がしてなりません。
以上、結論としてはかなり悲観的ですが、この自分の悲観的な見方をくつがえすような米国の再生を祈って、
ペンを置きます。
さて、近況ですが、資産運用という点ではファンドの運用を終えて現在の会社に参加して以来、従軍記者のような感じで戦場で闘う小隊を見守りルポしているというような仕事をしています。まさに昨年後半は戦争でした。死体がごろごろしてました。従軍記者も身を守るために小銃は渡されていて、個別銘柄というマシンガンは撃てないものの、パン・パンと自己勘定で日経平均やグローベックスSP指数などを撃って自衛していました。コンプライアンス上、個別銘柄は買えないのですが、相場感覚がぼけるので、為替や株式指数を自己でちょっと売ったり買ったりしながら市場動向をおっています。先物は以前はあまり興味はなかったのですが、口座を開いてみると、10倍くらいのレベレッジで為替・株式指数以外でも小麦やら大豆やらが簡単にトレードできてしまうので驚いています。昨年は株式指数ショート、ドル円ショートがうまく行き、年末にかけてはユーロドルロングがビギナーズ・ラックで儲かりました。今年は、今のところ負けていて踏ん張っているところです。
R時代の運用チームの仲間と昨年秋に東京で再会したのですが、酒をのみながら、自分たちで掘り起こしてきたアイデアによる基本的な銘柄選択は自体は間違っていなかったねとしみじみしましたが、ひどい相場の中では生き延びる技術も必要だったという点を痛感。毎朝銘柄の議論していたのがつい昨日のようでなつかしいかぎりはありました。
test 2008/11/17 分
以下、過去のメール通信の無難な部分を抜粋掲載です。
2008/11/17
祝七五三
はやいもので今年も後1ヶ月半を残すところとなりました。前回のこの私的メールは9月半ばにお出ししました
が、「ブラック・オクトーバー」と妙名され歴史に刻まれることとなったという先月を含むこの2ヶ月弱の間に、
金融市場ではとんでもないことが次々と起こりました。
前回のメールの9月半ば時点で既にリーマンが破綻してましたので、「危機の始まりを示唆する炭鉱のカナリア
は既に死んでしまっていて、酸欠となった坑道ではばたばたと死人がでています」と書きました。その後の金
融市場でのさらなる展開は、もはやそうした生易しい表現では不十分なほどの手痛い打撃を市場にもたらして
います。炭鉱事故だと思って外に避難したら、実は上空から爆弾が落ちていた状態で、火事を消火剤で消そう
としたら、爆発していたのは核弾頭であって放射能が蔓延していた。そのくらいのインパクトを受けた状況だ
と感じています。
ある意味、日本の証券会社のストラテジスト達はタフです。放射能が生存可能域を越えて蔓延している中で、
「公的資金注入で相場は転換へ」とか「日経1万円以下は売られすぎ」とか「来年後半の米国経済は上向く、
ここが買い場だ」ということを力説していました。その後10月24日(金)のドル円が一瞬90円になり日経
が7000を割るという更なる空爆を受けた後も、大転換点が来た!今こそ買いだ!というようなレポートを
散見しました。それら根拠の乏しいながらも打たれ強い強気論は、打ちひしがれた人々に希望を与えるもので
あったということはいえるでしょう。その後確かに最悪は過ぎたとの安堵感がひろがりつつあるようですが、
小春日和は短く、すぐ本格的な冬の到来とならざるを得ないと思います。希望を与えられて買った人たちが投
げ売らざるをえない局面、がすぐ再現されてもおかしくはない状況だと思います。円高懸念台頭する中で日本
の中小型株が今月は元気ですが(マザーズ指数は10%程上昇)、残念ながら、これも局地的、短期的に終わっ
てしまう可能性大といわざるをえません。ただし、今後も円高進展の過程で内需系小型株の局地的な動きはし
ばしば起こって、短期的トレーディングのチャンスを提供してくれるのかもしれません。
これから世界大恐慌のような暗い世界が待っていてそれが不可避なのかというと、世の中というものは複雑系
で進んでいくので、解決法のないような絶望的な状況でも様々な努力がなされて、その中からダメージをやわ
らげる動きがでてくるかもしれません。ただし、米国を中心とする世界の金融システムがかかえる問題は処理
に必要となる金額が巨大であると思われ米国一国の財政出動でも早期解決は難しく、それでサミットが開催さ
れたりして世界に対して支援を求めることになるのでしょうが、米国の覇権をもってしても米国以外の国の税
金を動員することはなかなか難しいと思います。ベースシナリオとして、かなり厳しい世界観を持っておいた
ほうがよいと思います。中南米債務危機も10年、日本のバブル処理も10年かかりました。巨額なお金とともに
時間も必要です。
10月24日、夕刻にドル円が90円に突入したその日、香港で米国C大ビジネススクールの「同窓会」とい
うのがあり、半分寄付であろう高めの会費を払って参加してきました。自分が卒業生だとの自慢話に聞こえる
かもしれませんが、Cビジネススクールは「バリュー投資」という半ば宗教にも近い伝統があって、
それがそれが他の米国の有名大とは一味違うつながりをもたらしてくれています。200人くらいの参加者の
大多数は普通のビジネススクール卒業生という感じの人たちなのですが、一部にやはり頑固なバリュー投資信
者も散見されました。Gという米国で上場している投資顧問の社長も、かなりくせのある、著名
人のバリュー投資信仰者ですが、はるばる東海岸から参加していました。
バリュー投資の法王(Pope)と一部で呼ばれている、巨漢のG教授が、KKRのK氏と
クレディスイスの社長を呼んでのパネルの司会をしていました。10月の大暴落の後という非常におもしろい
タイミングだったので何を言うのか楽しみにしていました。開口一言、世界で我々の現在営んでいるような生
活が実現できたのはついこの100年、あるいは50年くらいの話だが、それ以前も人々は日々、働き、食事
し、子供を育てて生活していた。ダウが大暴落した、どこぞが潰れたで大騒ぎしないことです、というような
話。さすが巨漢のバリュー投資教祖は腹が据わっていました。
米国経済がマイナス成長になっても、米国のヘルスケア業界は年率6%くらい伸びていかざるをえない、そん
な中でバリューとして買える銘柄というのが今でもあるので、そういったあたりがおもしろい。投資銀行救済
がらみで報道されているバフェットであるが、彼はそうしたヘルスケアのバリュー銘柄を買ったりしている。
バリュー投資全般ついても、patient 、辛抱強く待ちましょう、今日安いと思ったものが、もしかしたら来年、
再来年、そのまた後にもっと安く買える可能性があるかもしれない。average down(なんぴん)しながらポジ
ション構築をゆっくりやっていったほうがよい、そんな話でした。
KKRのK氏は、アジアは既存の会社の株式を買ってどうにかするというよりも、起業するのに資金をだし
たり、senior debts優先順位の高い債務を買って会社がよくなるのを捉えるのがよいと思う、日本は文化が変
わらなければだめだ、などといっていました。ちゃんとメモをとっていなかったので断片的記憶ですが、かつ
てLBO盛りし頃、(買収先会社を改善した後の)EBITDAで8倍くらいの資金を銀行が貸してくれたので、非常に
少ない投資で買収を実施してキャッシュフローを改善させて債務返済後のリターンがとてつもなく高かった、
それがいまやせいぜいEBITDA3倍くらいまでしか貸してくれないので LBO は魅力ない、今は financial
re-engineering というより、会社を買収すると社員の経営コンサルタントを送り込んで会社経営を立て直すこ
とを value creation の主眼としている、というようなことをコメントしていました。
話はかわって金融市場がぼろぼろになった10月ですが、私の身の回りのヘッジンファンドでは、株式ロング
ショートのAはネット・ショートがうまくリターンを生んで+4%ほどの着地、為替の Tもド
ル円ショート、ユーロドルショートなどがリターンを生んでこちらも+4%ほどの着地と非常に好調な結果を
うんでいます。グロスリターンで前者がやっと年初来プラスへ、後者は年初来+15%程というスナップショッ
ト。
10月はひどい運用環境であった、というのがファンド業界全体としては正しいですが、大きな動きがあったと
いう点ではそれをプラスに捉えるポジションがあれば大きなリターンがあげられたということでもありました。
日経平均はここ2ヶ月くらいで4割程下がりましたが、日経平均先物をずっと売っておいたら+40%リターン
がでたことになりますし、先物なのでレベレージが簡単で証拠金に対してせいぜい5倍くらいの慎重なレベレー
ジでショートしたとして200%を越えるリターンで元金が3倍になったという大きな動きであったといえま
す。もちろんファンドは通常こうした大きな勝負ができない仕組みとなっているのが多いので、これは極端な
比較ですが。
世の中としては円高は困るし株安も困る、人が困っている時に自分だけ調子が良いのはけしからん、というこ
とで、生贄的に空売り規制やヘッジファンド規制がまた関心を集めています。ルール違反を厳しく取り締まる
のは大歓迎ですが、相場の流れに逆行する人工的な規制はかえってその後の売り圧力を加速させる恐れが大であることは市場というものをよく知っている人には明らかなことです。為替の専門家によれば、現在進行して
いる円高は数年前の当局による円安誘導の反動のプレッシャーもあるとのことで、やはり当局には、経済のファ
ンダメンタルからくる中期的な相場の大きな流れには基本的には逆らえない、逆らったら後々まで問題を増幅
させてしまう、という諦観をもって余計なことをやってもらわないほうがよいようです。しかしながら、経済
政策も最終的には政治であり、金融危機のまっ只中の今、金融業の暴走はけしからん、という規制モードが濃
厚になっています。
ある実業で成功された事業家からこんな話をお聞きしました。彼が数十年前に並行輸入での格安商品の提供を
考えていたところ、当然、既得権のある業界からの激しい抵抗が予想されることと、格安品の流れが起こると
既存の業界で淘汰されてしまう小売店がでてきてしまうなどあり躊躇していた。あるセミナーで大手流通の創
業者に相談したところ、「それはお客さんの喜ぶことですか?お客さんが喜ぶことならやりなさい」といわれ
て、気持ちの整理ができたというお話でした。
世間の大多数の人のポートフォリオが痛んでいる流れの中で絶対リターンをあげるのは「けしからん」話では
ありますが、少なくともファンドのお客の喜ぶことであることは確かです。暴走した投資銀行業のとばっちり
を受けて同様に批判をあびる運用業ですが、お客さんが喜ぶことを支えにして生き残っていこうと思っており
ます。
