禁煙の動機は、
1.なんとなく具合がすぐれないのは煙草のせいかもしれない。
2.どこへ行っても煙草のことを考えなければならないのは極めて面倒。
3.生活全般を見直すにあたって、最も身体的精神的依存が高そうな悪習慣の本丸をまず叩き潰したい。
ということ。
1については思い過ごしかもしれないが、酒を飲みすぎというのもあるけれど、同時に煙草を延々と無制限に吸っているためか翌日まで気持ちが悪いことがあるのでは?と薄々思っていた。酒も煙草もどちらも悪いっ。というツッコミは確かに可能だが、どちらかを生活習慣改善への生贄とすることにしたのである。そこで、試しに所謂節煙というものをやってみたわけだ。煙草を数量を大分減らしたところ(この時禁煙しようという考えは毛頭ない、いや心の底ではあったのか!?)、すっきりと目が覚めたのを覚えている。短絡的に煙草のせいにしようと思い立ったわけである。
2については、前々から薄々気づきていた。喫煙者であれば誰でもハッキリとまたは何気なく意識していることに違いない。たとえば、昼食をとる店を思い浮かべた場合、以前は吸えた店がランチタイムは吸えないんだよなあと思い出し、頭の中で顔を顰める(実際に顔を顰めたりはしない)。ランチの間はその後煙草を吸うことで頭がいっぱいになる。知らない街でランチをしようと思った時には、全面禁煙の光景が頭の中にちらついて、居ても立っても居られない気分になる。もしそうなら、その店にいる権利がないのである。ああ。昔はよかった。店で、ランチタイムで、道端で、自宅で、人んちで、会議室で、仕事中でも。飲みに行っても、朝でも、誰と一緒でも、悪い奴でも、いい奴でも、この地球上のあらゆる場所と好きな時間と好きなシチュエーションで、、、、煙草が吸えた。・・・もうそんな世の中ではないのだ。昔の映画の中でしか見ることができないのだ。こんな不快な思いをなぜしなければならないのか?何がいけないのか?どうしたらよいのか?
これらの諸問題を完全に解決する奇抜なアイデアを思いついた~煙草を吸わなくなったら解決するのである。
3については、、、また今度。

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1.なんとなく具合がすぐれないのは煙草のせいかもしれない。
2.どこへ行っても煙草のことを考えなければならないのは極めて面倒。
3.生活全般を見直すにあたって、最も身体的精神的依存が高そうな悪習慣の本丸をまず叩き潰したい。
ということ。
1については思い過ごしかもしれないが、酒を飲みすぎというのもあるけれど、同時に煙草を延々と無制限に吸っているためか翌日まで気持ちが悪いことがあるのでは?と薄々思っていた。酒も煙草もどちらも悪いっ。というツッコミは確かに可能だが、どちらかを生活習慣改善への生贄とすることにしたのである。そこで、試しに所謂節煙というものをやってみたわけだ。煙草を数量を大分減らしたところ(この時禁煙しようという考えは毛頭ない、いや心の底ではあったのか!?)、すっきりと目が覚めたのを覚えている。短絡的に煙草のせいにしようと思い立ったわけである。
2については、前々から薄々気づきていた。喫煙者であれば誰でもハッキリとまたは何気なく意識していることに違いない。たとえば、昼食をとる店を思い浮かべた場合、以前は吸えた店がランチタイムは吸えないんだよなあと思い出し、頭の中で顔を顰める(実際に顔を顰めたりはしない)。ランチの間はその後煙草を吸うことで頭がいっぱいになる。知らない街でランチをしようと思った時には、全面禁煙の光景が頭の中にちらついて、居ても立っても居られない気分になる。もしそうなら、その店にいる権利がないのである。ああ。昔はよかった。店で、ランチタイムで、道端で、自宅で、人んちで、会議室で、仕事中でも。飲みに行っても、朝でも、誰と一緒でも、悪い奴でも、いい奴でも、この地球上のあらゆる場所と好きな時間と好きなシチュエーションで、、、、煙草が吸えた。・・・もうそんな世の中ではないのだ。昔の映画の中でしか見ることができないのだ。こんな不快な思いをなぜしなければならないのか?何がいけないのか?どうしたらよいのか?
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