時を経て大学を卒業したシモーネは就職、
電話交換手
の仕事に就いていた。
この時、ドイツ、スロバキアのポーランド侵攻
に対し、ポーランドと相互援助条約を結んでいた
イギリスとフランスがドイツに宣戦布告、
第2次世界大戦が始まっていた・・
1939年9月1日、ヴェステルプラッテのポーランド軍守備隊に
砲撃を浴びせるドイツ戦艦シュレスヴィヒ・ホルシュタイン
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養父母に救い出された時、幼かったシモーネは、
施設の場所や、国名に関する知識も無かったため、
自分がポーランド人であったであろうことは、養父母
から聞かされた。
勿論、養父母も、何か証明する書類を基にそう言った
わけではない、状況証拠?によるものである。
しかし、『ポーランド』という国名は、彼女に複雑な
思いを想起させる。
飢えに苛まれ、盗みを繰り返した日々は、消したい
記憶でしかない--そして、未だに震えるほどの
恐怖と憎しみが蘇る、お兄ちゃんを殺害した青年達
との忌まわしい出来事は、生涯忘れ得ぬ悲しい記憶を
植え付けることになった・・・
彼らにも自分と同じポーランド人の血が流れ、そして
同じ祖国に生まれているのだ--!
そんな悲しい経験は、戦禍に巻き込まれた祖国に対する
憐れみの気持ちを削ぎ落した。
--ただ、養父母の気持ちは穏やかではない。
いくら記憶にないとはいえ、実母または実父が健在
であったとすれば、いったいどんな苦難の中にいる
ことだろう、そして離れ離れになった愛娘のことを
忘れる日は、一日たりともなかったのではないだ
ろうか・・?
特に実母に対しては、心が痛んだ。
シモーネから、施設の職員に当時聞かされた話
として、実母が精神障害を患った末、シモーネと
引き離されることになったという逸話--
どんな事情で精神に支障をきたしたか知る由も
ないが、戦禍の中、命を脅かされているかもしれ
ないと思うと、居ても立っても居られない気持ちに
なるのだった・・・

