できるだけたくさんの過去世を知りたい--
とのMさんからのご依頼を受けて始めた鑑定。
--最初に視えたルキニアスの過去世に始まり、
メインのヒサの過去世へと進んだ--が、それ
以降は、何も視えてこない日々を過ごすことになる。
この2つで終わりなのだろうかと思っていたところ、
3つ目の過去世がようやく視えてきた。
Mさんの意向に沿うよう、できるだけたくさん視たか
ったのだが、これ以上視ようと思えば、さらに時間を
費やさねばならないと判断、ご了承を頂き、視えた分
のみのご紹介という形になった。
3つ目の過去世については、メインであるヒサの検証
後、ご紹介させていただきたいと思います。
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先ず国名&時代 に関しては、同じ日本人の過去世
だったことで、判り易いビジョンだったと思う。
ヒサのスタイル(髪型や着物姿)で一見して日本と判っ
ただけでなく、同時に 『おしん』 を連想したほど
なので、時代もその頃だろうと推測した。
裏付けに関しては、ブログ上に何枚か転用させていた
だいた着物姿の少女や女性の画像にある。
視えたヒサや奥さまの髪型に近い画像を選んだら、
それは 明治~大正 にかけてのものだった。
ヒサの髪型は ↓のような感じであった

奥さまの髪型は、調べてみると
『束髪』~そくはつ
というものだったようだ。
Wikipediaより
束髪(そくはつ)とは西洋婦人の髪形を真似て、明治ごろ
「鹿鳴館代」と呼ばれた時期に上流階級の女性の間に
登場した髷の一群。
いわゆる「ア・ラ・ポンパドゥール」という王制フランスの
宮廷で起こった流行の中で誕生した髪形を真似たもので
あり、その影響で前髪を高く膨らませる形が発展して大正
ごろ髪全体がターバンでもかぶったように膨らんで見える
「庇髪(ひさしがみ)」へと変遷していった。
明治30年代ごろ、女優の川上貞奴が始め
てから、大正の初めにかけて流行し、女学生
が多く用いたことから、庇髪は女学生の異称ともなった。
川上貞奴

