FPICでの面会交流が予定されている。

 

月1回2時間、監視付きの面会であるが今回で最後となる。

来月からどうなるのか、それは決まっていない。

家庭裁判所をまじえて調整中である。

 

子どもが連れ去られ、4ヵ月後に申し立てた面会交流調停では、月1回、FPICの利用を強いる条件だった。

納得いかず審判に移行したが結果は変わらなかった。

 

審判書にもとづき面会を始める調整を行ったが、妻側はのらりくらりと逃げまくった。

結局子どもと会えたのは審判から8ヶ月後であった。

連れ去られてから1年10ヵ月の時間を要したが、再会できただけ幸運だった。

調査官調査の結果が良好で、調停員や調査官がわたしに同情・賛同し、味方になってくれたのが大きかったと思う。

 

離婚裁判が長期化したため、FPICでの面会交流を1年経た後、延長更新することになった。それも今月で最後。

結局2年間で計24日、48時間、子どもに会うことができた。

ずっと会えなかったとき、ひとりぼっちで抜け殻のようになり、子どものことを考えるたびに涙が頬をつたっていた。

他人の子どもの声に振り向き、夜に子どもの泣き声が聞こえれば飛び起きて家の外に出た。

もしかして、子どもが会いに来てくれた、電柱の後ろでかくれんぼでもしている、見つけてほしいのかも・・と深夜に電柱をぐるぐる廻り探した。

いるはずも無いのに。

 

FPICでは監視員、監視カメラが向けられ、母親と義母はわたしと子どもの会話に耳をそばだてている。

日本独特の偽善的でグロテスクな環境に辟易とする。父親は犯罪者でもないのに。

 

それでも子どもと会えてよかったと思う。

妻は子どもが父を忘れるのを息を殺して見張り続けた。

しかし子どもの心は私の魂をしっかりと残していたのだ。
それを確認できた。

 

連れ去られてからもうすぐ4年、わたしが子どもと会えた時間は0.1%。

つまり妻は子供の時間を99.9%占有していることになる。

それでも母親は子どもの魂までは支配できなかったようだ。

 

現在も親権者である父親には面会時間は極めて不平等だ。

ダイバシティ、ジェンダフリーがもてはやされ、男女平等など当たり前のはずが現実は違う。

もしも離婚してわたしが親権者でなくなれば、もっとひどい仕打ちをされても立場は弱い。

 

だから、親権者でいるうちに今後の面会交流の条件を詰めている。

間接強制がしっかりできるように。

 

わたしが父親でいられる間に、面会交流に関する司法の運用が劇的に変化してくれることを切に願っている。

 

そして近い将来、日本の運用が先進諸外国並みになるよう、わたしは微力ながら声をあげていくつもりだ。