昭和のごちそう、仙台市民を魅了し半世紀

ハンバーグレストランはせくら創業者 石井只雄さん(83)、2月11日死去=仙台市=

 ナイフ要らずのやわらかいハンバーグとスパゲティナポリタン、素揚げのナスとピーマンの付け合わせ。昭和の雰囲気漂うメニューは多くの人の舌を魅了し、半世紀以上愛された。中学卒業後、仙台市内の洋食店や仙台ホテルの調理場で修業。仙台駅前で喫茶店を営んだ後、1966年に青葉区支倉町で開業した。店名は住所に由来する。

 当初はオムライスやエビフライなども提供していたが、程なく人気のハンバーグに絞った。「たくさん稼ごう、という性格ではなかった。家族が暮らせれば十分という考えだったのかもしれない」。長男の達哉さん(53)は振り返る。

 たっぷりかかったデミグラスソースは、10日以上かけて完成させる逸品。しちりんを使いじっくり煮込み、濃厚ながら飽きのこない味わいに仕上げた。

 デミグラスソースの量に限りがあるため、1日50食程度を出すのが限界。ランチはあっという間に完売となることもあった。

 長女の菅井真由美さん(56)は、仕入れ先などお世話になった人へハンバーグを差し入れる姿を覚えている。「おいしいものを食べて悪い気になる人はいないから」と言って出掛け、戻ると「とても喜んでもらえた」と笑顔で話した。

 店は支倉町から柏木、広瀬町、再び支倉町へと東北大病院近くで3度移転。「大学病院の周りをぐるっと一回りして帰ってきました」とお客さんによく語っていた。

 今年1月に体調を崩し休業。再び調理場に立つことはかなわず旅立った。葬儀に訪れ、別れを惜しむ常連客もいたという。

 名店の味は、父の下で20年修業を積んだ達哉さんが青葉区堤通雨宮町の店で受け継いだ。「よりおいしく味を発展させたい」と意気込む。 (末永智弘)引用