訃報:沖縄県の翁長雄志知事が死去 辺野古移設に反対貫く 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設計画に反対し、膵(すい)がんの治療を受けながら公務を続けてきた沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事が8日、死去した。67歳。今年5月に膵がんであることを公表し、抗がん剤の投与などの治療を続けていたが、7日に容体が急変して意識が混濁していた。普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設に反対して2014年11月の知事選で初当選。辺野古移設への反対姿勢を貫き、7月27日に前知事による辺野古の埋め立て承認を撤回すると表明したばかりだった。今年4月に人間ドックを受けた際に再検査を指示され、一時検査入院。膵臓に腫瘍が見つかり、4月21日に切除手術。5月15日に退院したが、膵がんでがんの進行を示すステージは2だったと公表。体調を見ながら知事公舎と県庁で公務を続けていたが、11月18日投開票の知事選への再選出馬は明言していなかった。
訃報:
太平洋戦争末期の沖縄戦で旧日本軍の組織的な戦闘が終わった6月23日の「慰霊の日」の追悼式には出席し、平和宣言で「20年以上も前に合意した辺野古移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのか。日米両政府は計画を見直すべきではないか」と訴えた。
1950年、那覇市生まれ。父は真和志市(現在は那覇市)の市長などを、兄は沖縄県副知事などを務めた保守系の政治家一家に生まれ育った。法政大卒業後、那覇市議2期、県議2期。自民党沖縄県連幹事長などを歴任し、沖縄保守政治家のエース的な存在だった。2000年からは那覇市長となって4期務めた。
那覇市長時代の09年の鳩山民主党政権誕生を機に、沖縄の過重な基地負担への批判を強め、かつての辺野古移設容認から県外移設主張に転換。12年9月の米軍新型輸送機オスプレイの配備に反対する超党派の県民大会では共同代表に就き、13年1月には県内全41市町村の首長が署名した県内移設断念を求める建白書を政府に提出するなど、保守、革新が一つとなる「オール沖縄」をリードした。
14年11月の知事選に「オール沖縄」と呼ばれた保革共闘体制で出馬して移設反対を訴え、辺野古の埋め立てを承認した仲井真弘多知事(当時)を約10万票の大差で破って初当選した。就任後は一貫して移設阻止を掲げて「日本の地方自治や民主主義が問われている」と主張し、移設計画を進める政府と対立した。
15年9月にはスイス・ジュネーブでの国連人権理事会で登壇し、辺野古移設が日米両政府によって進められている現状を「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている状況を世界中から関心をもって見てほしい」と英語で訴えた。
15年10月に埋め立て承認を取り消したが、政府が法的な対抗措置を取るなどして法廷闘争に突入。16年12月に埋め立て承認取り消しは違法とする県側敗訴の最高裁判決が確定したため、承認取り消しを撤回した。

