【あの日から7年】「生きていることが苦しかった」娘を救った日記  津波で逝った母が綴っていた”幸せ”


年老いた両親がたった2人が亡くなっただけの私は、被災者ではないのか?

Satoru Ishido / BuzzFeed 

高橋匡美さん

仙台駅から沿岸部・石巻駅を結ぶ仙石線に乗り込み約25分、塩釜市内の住宅街にある11階建てのマンションの一室に高橋匡美(きょうみ)さん(52歳)は住んでいる。

生まれは石巻市南浜町である。2011年3月11日の津波は実家を襲い、母の博子さん、父の悟さんが亡くなった。彼女は強烈な揺れを体験したものの、津波は海から離れたマンションの前を流れた10センチ程度のものしか体験しなかった。

震災を機に彼女は夢と現実の間を行き来することになる。比喩ではない。心療内科で処方された睡眠薬を、起きては赤ワインで強引に流し込み、1日中ベッドで、ソファーで眠った。