皆様いつもご支援頂きありがとうございます。

この夏、東日本大震災の被災地を訪れましたので、私の思いを記事にしていきます。
お時間のある方、どうかご覧下さい。

最初に訪れたのは、大川小学校。私は50回以上行かせて頂いています。


東日本大震災最大の悲劇と言われる、多くの犠牲者が亡くなられた場所だ。


立地的に、北上川と海に囲まれた地域でしたが、学校の周りには建物があり、津波は見えなかったと言われている。
しかし、普段から写生などで登っていた高台には、校庭から走って一分で登れたのだ。
ではなぜ多くの子供たちを失う悲劇が起きたのだろうか。

第一に、リーダー不在があげられる。
確かに校長がいなかったのだが、津波がくるまで校庭に集まったままというのは考えられない。

第二に、マニュアルの怖さが見られた。
他の被災地でも同様に、避難場所に逃げたために亡くなったケースは後を絶たない。
大川小学校でも、一分で逃げられた高台ではなく、小学校を出て坂を上がり、避難場所である橋のたもとに逃げようとしていたのだ。
そのせいで、北上川の氾濫により、川からと海からの津波に挟み撃ちにあってしまった。
そもそも、マニュアル自体、命を守れるものではなかったのだ。

文字で伝えることは難しいことです。
自分の目で見て初めてなぜ悲劇が起こったのかが分かるんです。
その事実を伝えるための、大川震災伝承館もあります。


そして、私たちのツアーでは、どこでも語り部さんに話して頂いています。
当時のお話から現状まで詳細に語って頂けるんです。
皆様も、ご自分の目で見て感じ、伝承館で学び、語り部さんから真実を教えて頂いて下さい。
今後起こるであろう、大災害で一人でも多くの犠牲者をださないためにも、学び続けましょう。

私たちが毎年お願いしている語り部さんは、
一般社団法人 防災プロジェクト
中井政義 様です。
とても分かりやすく話して下さるので、頼んでみてはいかがでしょうか。



私は、風化させない、災害対策を怠らないことを自分に言い聞かせる機会として、毎年東北と熊本に行きますからね。

太田守武