私が目指している人
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
新年初の記事は、多くの方々が尊敬してやまない、諸葛亮孔明氏をご紹介致します。
諸葛家は代々頭脳で登用される名門家であり、孔明氏もその一人で、天才軍師として名高いです。
しかし、孔明氏も、手塚先生や私のように長い間休息の期間がありました。
「献帝春秋」によると、孔明氏は弟均と共に、叔父の諸葛玄に連れられて南下しましたが、玄は民衆の反乱で197年に殺されたと言われています。
そのため、孔明氏は208年まで荊州で弟と共に、晴耕雨読の生活を送っていました。
11年もです。
その後、徐庶から劉備への進言により、有名な「三顧の礼」を経て、孔明氏は劉備の軍師となったわけです。
ここですごいのが、故事に習って「天下三分の計」を説いたこと。
劉備、曹操、孫権が天下統一を目指していましたが、あえて孔明は1対1で戦うのではなく三つ巴になって均衡を保ち、その後に天下統一を果たすべきだと進言したわけです。
数十万の大軍で攻めてくる曹操に対し、わずか五万の兵で劉備、孫権連合軍が勝利したのが「赤壁の戦い(レッドクリフ)」です。
ちなみに、劉備軍に足りなかったのは統制であり、孔明氏はまず先に規律を重んじました。
即ち、我こそはという人はいなくなり、チームワークが備わって、前進も撤退も素早く、攻撃よりも守りを固めたのです。
現代でも通じているのはよく分かると思います。
会社でも規律を重んじ、チームワークがあるところは素晴らしいはずです。
それだけでなく、孔明氏は突発的な奇策を用いると強調されがちですが、基本は晴耕雨読で学んだ故事なのです。
冷静に考えて故事を用い、状況を見て奇策を放つ。
だから勝てるのです。
私の場合、晴読雨読を大事にして、医学の基本知識を用い、状況を見て経験を生かさねばなりませんね。
手塚先生や孔明氏に追いつけるよう頑張ります。
孔明氏は一国の主となれる器がありましたが、劉備、その息子に忠誠を誓っていました。
裏切ることは絶対になかったわけです。
中国の歴史を見ても、始皇帝以降裏切る人は殺され続けました。
孔明氏が出て来るまで。
彼は、質素倹約を旨とし、最期まで模範となる人でした。
私もそうなりたいです。
最期まで自分を奢らず、苦しむ人々のために尽くす所存であります。
次回から皆様に役立つ情報を記事にしていきますね。
NPO法人を作った時から、その約束は果たすと決めていますから。
諸葛亮孔明氏を知りたい方は是非映画「レッドクリフ」をご覧ください。
史上最大の激戦、史実である赤壁の戦いが観れます。
私はやはり誰よりも諸葛亮孔明氏が大好きですね。
太田守武
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