こんばんわ!ふーです!
昨日、一昨日は夜勤をしてくれている学生たちが試験期間なので久しぶりに夜勤してきました[みんな:01]

ALSで夜勤といえば、寝ている間の介護で、母が体が痛くて起きたり、吸引して欲しくて起きる度にコールを押すので、こちらも横にねて、コールで起きて対応します。

起きて…対応…してたかな[みんな:02]

久しぶりだったのでだいぶ忘れてて、母に確認しながらの介護でしたが、話したいことが多すぎて、寝たの深夜…[みんな:03]
目の動きも難しくなってて、文字盤もほとんどできないし、目が疲れるからラジオをかけて、コールとラジオの響く実家。ヘルパーさんがいないからオナラもし放題[みんな:04]
今日は二回もオムツ替えしたけど、しっかり覚えてて、自分に感動してしまった。
たまにこうやって介護をしても面白おかしく介護できるのはうちを支えてくれるヘルパーさんたちや、学生たちがいるから。本当にみんなには感謝です。

そもそも、学生たちとの出会いはどんなもんだったかな…と考えてみると
初めて介護する学生にあったのは48のまめのママンとこに遊びに行った時でした。

ヘルパーさんですか?
ーいえ、私は学生です。
多くのことを教えてもらっています。

あれは母が『娘達が介護で人生を犠牲にするなら呼吸器つけない!』と言っていた頃でした。
その生活をみて、
娘のために死ぬとか人のせいにするんじゃないよと常々思っていた私は、開眼[みんな:05]

そんなわけで、うちも学生入れよう!と単純に考えました。
でもどうやって[みんな:06]
そうこうしてるうちに、
協会の支部のお手伝いをしていたお兄ちゃんに忘年会に誘われたのです。

これは、飲みニケーションのチャンス[みんな:07]
元々、お酒も飲み会も忘年会も大好きな私[みんな:08]
とりあえず、いってみることにしました。
そこに看護大学の先生がいらっしゃいました[みんな:09]
ダンディー!背中で語る教授っ!
外国の話をたくさんしてくれました!
三件目で日本酒と鯨ベーコンとお蕎麦をいただいてる時に
先生に学生ボランティアをお願いしたのでした。

それからまた介護の生活になり、
姉が結婚し、家をでました。
すっかり介護が私一人になり、
ヘルパーさんと私との介護シフト。
夜は一人になりました。
でも私も仕事をしたかったので、夜の介護の見込みは無いけど就職活動しちゃいました[みんな:10]
んで、採用が決まっちゃいました[みんな:11]
後先考えない見切り発車[みんな:12]

仕事しながら夜は大変だよねと言うことで、母が忘年会でお願いした先生に直接メールしてくれました。
すると先生、学生を三人連れてきてくれました。
そのうちの一人が、明日から入れますと言ってくれました。なんと!
知らない人の家に明日から泊まれますとかすげえなぁ…。
最初は私を起こすボランティアをしてもらってました。
そのあとで東京で重度訪問介護の資格を取れるよ!と教えてもらい(現在は隣県のみ)
それまでうちの庭いじりボランティアをしてくれていた男友達にも取ってもらい、我が家の夜介護人員は私合わせて三人に。
資格を取ったあとは、また飲みニケーションでお会いした広域協会の方にお願いしてCILの事業所に登録し、有償ボランティアとしてお給料を出しています。
第一号の学生ちゃんがビラを作って、アナウンスして、このボランティアは学校を代表するサークルになりました。
毎日が修学旅行みたいでご飯作ったり語り合ったりしながら翌日仕事してました[みんな:14]
眠い眠い。
学生が夜の介護を一週間すべて埋めてくれるようになったときに、私は家をでて、24時間他人介護になったのです。
完全にそうなるまでには5年もかかってしまったけど、あっという間でした。母と喧嘩もしたし、仕事のあとは全力疾走でした。
震災も学生たちがみんなが駆けつけてくれました。母が一番楽しんでたな。
今は人数がだいぶ少なくなってしまったので週三回程。
あとはヘルパーさんが入ってくれています!
他にも同様の方法で、元看護師の近所の方が母が書いた新聞投稿のボランティア募集をみてボランティアとして週一回移乗介助をしてくれています。

母のベッドの鴨居には学生たちとのクリスマスの写真が揺れていました[みんな:13]

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相変わらずストーブの前は私の陣地。
そしてヘルパーさんに朝起こされる。
パジャマで初めまして~娘です~。
最後には、帰るのめんどくさーいー!とヘルパーさんに愚痴る。
笑う母。
文字盤で、お餅持って帰れ!

そんな二日間を過ごしてきました。
明日からは主婦!ちゃんとするぞ[みんな:15]

ふーでした[みんな:16]