私は楽がしたい。日本、いや、世界全土に宣言する。私は楽がしたいのだ。
人に迷惑をかけない範囲なら、働きたくもないし、人と会いたくもない。空気の悪いところに住みたくもないし、趣味のことだけを考えていたい。勉強や仕事なんていうのは真っ平だ。地位や名誉もいらない代わりに、私は何もしないで生きたいのだ。
面白いことに、こういう言動は大抵ある種の人の髪を逆立てる。世の中には、相手が自分と同じだけの苦労をしなければ気がすまない人というのがいるものだ。そういう人はなんだか苦労したことが即ち偉い事のように語りだし、或いは有名人においては苦労話を立派なハードカバーの装丁で出版してみたり、聞くも涙語るも涙と言わんばかりにメディアで自分の過去話を喧伝する。しかし、無用の苦労ほど人間にとって馬鹿らしいものはない。
若いときの苦労は買ってでもしろ。将来楽が出来るからってのはよくある説教だが、若いのに苦労を売りつけているのは大人なのだから、そりゃ将来楽が出来るのは当然である。だから、別段苦労自体に意味があるわけではない。
いらない苦労はなるべく減らそう。礼儀もなにもいらない。互いに楽に生きることこそ人生の節約 であり、同時に最高の礼儀である。
