川上哲治氏とアニメ・巨人の星を今振り返って

こんにちは アルプス・ハリーです。
皆さんは、鉢の木の逸話をご存知ですか? 知らない人が大半だと思います。
物語の筋は、鎌倉時代にさかのぼります。佐野(現在の群馬県高崎市上佐野町)に住む貧しい老武士、佐野源左衛門尉常世の家に、ある雪の夜、旅の僧が一夜の宿を求める。常世は粟飯を出し、薪がないからといって大事にしていた鉢植えの木を切って焚き、精一杯のもてなしをする。常世は僧を相手に、一族の横領により落ちぶれてはいるが、一旦緩急あらばいち早く鎌倉に駆け付け命懸けで戦う所存であると語る。その後鎌倉から召集があり、常世も駆け付けるが、あの僧は実は前執権・北条時頼だったことを知る。時頼は常世に礼を言い、言葉に偽りがなかったのを誉めて恩賞を与える。

この行為こそ、今流行のおもてなしの良い例だと思います。大事にしていたものでも人助けの為に、犠牲にして精一杯のおもてなしをするなんてなかなか出来ないことだと思います。
実は、先日、他界した全巨人軍監督・川上哲治氏を取り上げたニュースを見て、
名作・『巨人の星』での中で、川上監督が星一徹に、深々と頭をたれ、昔のことを詫びるシーンでこの鉢の木の話が登場しました。私も確かに見た経験を思い出し、川上哲治氏の物の考え方や人生観を改めて感慨深く感じ入りました。また、星飛雄馬が二軍の猛練習の時に速見の走塁でボールがグローブからこぼれ、気付かない審判がアウトと判定したのを正直にセーフだと言ってしまい、チームのみんなから冷やかされて恥をかいたシーンで、馬鹿正直な星飛雄馬を川上さんは、馬鹿正直こそ何よりも尊いと言って褒めて元気付ける場面もよく覚えています。

原作者は梶原一騎、作画は川崎のぼる氏でしたね。多分原作を書くにあたり相当当時の大巨人軍監督の川上氏を研究したと思います。その人柄や若い頃の苦労体験談は、今でも語り継がれています。名門・熊本工業高校を卒業、当時の東京巨人軍に投手として入団、途中から野手に転向本格的な打撃改造で一躍トップバッターに成長、プロ野球界初の2000本安打達成や巨人軍V9連覇は前人未到の大記録ですね。とくに選手時代は、太平洋戦争という暗い苦しい生活であったが、野球への熱い情熱で猛練習をして深夜に及ぶまで素振りを繰り返したそうです。その頃はボールが止まって見えたと言っていますね。名打者、王・長島の生みの親でもありました。梶原氏も、ちょうどブームであったスポコンアニメと同調して、阪神タイガース・花形満、大洋・左門豊作などの名脇役も登場し、大リーグボールなんていう魔球も生み出して一躍時の人でした。
若い頃に相当な苦労をしたからこそ、その時の体験を後輩育成に生かし、今の日本球界のいしづえを築いたのではないでしょうか? とにかく偉大な人が亡くなったのは残念ですね。川上監督のご冥福をお祈りいたします。