ワカの一周忌を迎えました。
UTMBなんか行かなければよかった。せめて国内でやっているように、レース後に自慢の電話をしてやればよかった。
そういう思いは、結局まったく変わりませんでした。
誰かが、そうじゃないと言ってくれる。ネガティブすぎるとも言われるかもしれない。しかし、その後ろ向きな考え方が、何かの枷になるとしても、それはそれでいいし、それは私なりの悼み方なのだと思います。
昨年の今日、私がシャモニーでゴールを迎えた1時間後、彼はロードバイクにまたがりトレーニングに家を出た先で車に後ろから追突されました。
最初は頭を押さえて足をジタバタさせ痛がっていたようですが、しばらくして動かなくなったそうです。
加害者は、オーディオを操作していて、前方を見ていなかったと供述しているそうです。職場では普通に仕事をしており、その日は休みで、近くのボルダリングジムに向かう道中だったとのことでした。
交通刑務所すら行かなくてすんだようでした。公判では、最後まで謝罪することもなく、後をついで社長になってくれたKくんに「遺族にあやまれ」と言われて、初めて少し頭を下げたということでした。
そのことは私がそもそも好きではないインドアボルダリングジムブームに対しても遺恨を残すことになりました。
昨夜は、ワカの奥さんや子ども、仲間たちと飲みに行きました。
もちろん、やつのバカな話しかでませんでした。
UTMFでMさんと二人で私をサポートしてくれたとき。須走エイドのあと、深夜の部でつい飲み屋の看板に誘われて入り、一杯のつもりが飲みすぎて、ベロベロでマウンテンバイクにまたがり、次のエイドに向かっていたら、田舎の暴走族に周りをグルグル回られた、というアホな話も初耳でした。
彼といると絶対に普通の展開にならず、それでいて後から考えると爆笑できる、というのがいつも不思議でした。
文字通り自転車操業の会社で、塩尻で待ち合わせしたら、自宅から入場券でそこまで来て、改札の向こうで「悪いね、金かして。昨日若い奴と飲みにいって全部払っちゃって。」と言うようなことはいつもでした。
会社と家の区別がなく、社員に給料を払ったら、家の預金がゼロで、慌てて怒っても、のれんに腕押しで、「まーなんとかなるよ。」と言うだけだったそうです。
それなのに、「会社が潰れて路頭に迷っていたらワカさんに、「うちおいでよ。」って言われましてね。」という人もいました。
ライターなのに文章は下手で、カメラマンなのに普通の写真ばっかり撮って、経営者なのに計算もなんもできないで、それでも知り合った人、すべてを自分が面倒を見る気概だけはありました。
今、残った会社は軌道に乗り、また社員を増やしていくことになったそうです。
本当に、うそのような昭和の豪傑のような人でした。
ワカの動いている動画がなく、恐らく記憶がない息子たちに、動いているワカを見せたいと、奥様はパソコンやスマホの中を探したのですがほとんどなく、一つだけあった白馬でクロカンスキーをやっている数秒のシーン(私が撮ったものです。)が唯一の動いている記憶となったようです。
動画の中で向こうから、へっぴり腰で滑ってくるワカは一言「ごめんねー。」と言ったそうです。
確かにそれはやつの口癖でした。
それ以外にも、なぜかやつの写真を見返していると、向こう側へ行くことを暗示しているように見える写真が多いのは不思議なことです。



