しばらくの間、お休みします。
朝が来て、夜が来て、また朝が来た。
そして思い知ったことは、おれの決意なんて、おれの存在感程度に、すぐに消えて無くなる、ということだ。
結局、じいじの面会に行かなかったのは昨日だけで、おれはまたこうして町田第九総合病院に向かっている。

じいじに会いに行くのに胸がときめくはずがない。
自宅から歩いて十五分の場所にある病院へ歩きながら、こうも左の胸が騒がしくなり、妙ににやついてしまうのは、病院に愛ちゃんがいるせいだ。
水曜と日曜の、愛ちゃんが非番の日は、面会に行っても、当然、胸はときめかない。

病室に二重丸さんがいた。
ということは、もしかすると、仮想空間体験装置が完成して、その報告に来たのかもしれない。

車椅子に座ったじいじは、おれの顔を見ると、二重丸さんとの話を中断し、大きな声で、
「ダイ」
と、おれの名を呼んだ。
ここへ座れ、という意味で、じいじは自由に動くほうの左手で、ベッドのマットレスを二回たたいた。
おれは二重丸さんに軽く会釈して、そこに座った。
脳出血で入院していても、じいじのおしゃべりは相変わらずだ。
「昨日、来なかったな。どうした? 彼女でも出来たか?」
「まあね」
「マジか? 愛ちゃんが寂しがるぞ」
「愛ちゃん?」と、一応とぼけてみせる。
でも、愛ちゃんが病室に来るたびにおれは顔を赤くするので、じいじには隠しようがない。

二十二歳にもなって、カッコ悪いけど。

いわゆる、初恋なもんで。

(つづく)
風神と雷神の存在感が大きすぎると、「仮想空間」というよりも「風神雷神と行く仮想空間」という性質になってしまう。

パソコンで二重丸さんが見せてくれた風神雷神は、名前こそ風神雷神だが、顔や印象はそこらのおじさんレベルまで個性がなくなっている。
行動も出しゃばらず、待機するときの定位置は体験者の後方数メートル上空で、仮想空間の邪魔にならないように、普段は気配を消している。

じいじと二重丸さんの共通の趣味はジャズ。
じいじの部屋と二重丸さんの工場にはよくジャズが流れている。

仮想空間体験装置の優れている点を説明する際、二重丸さんはタイムマシンを引き合いに出した。

一九五四年二月二十一日のバードランドで、クリフォード・ブラウンにいちばん近い席で「スプリット・キック」を聴きたい場合、タイムマシンだと、そこには座っている人がいるので、ちょっと厄介なことになる。
少し早くバードランドへ行ったり、席を予約するなどして、その席を手に入れなければならない。
しかし、これらのことをすれば、過去の一部を変えることになるため、このままでは、いままで自分が生きてきた世界に戻ることはできない。
なので、クリフォード・ブラウンたちの演奏を楽しんだ後、さらにさっきよりも少しだけ過去に遡らなければならない。
そこに座る人の邪魔をしなかった場合の、その後の世界のために。
しかし仮想空間体験装置なら、その席は体験者のために用意されているので、バタフライ効果は気にしなくていいし、当時の服装や髪型にする必要はないし、未来から来たことを隠さなくてもいい。

銀河系の中の太陽系の中の地球は、すさまじい速さで宇宙空間を移動している。
五十数年間の時を往き来するということは、遥かな宇宙空間を移動することでもある。
二年前、二重丸さんは瞬間移動装置を作った。
ということは、タイムマシンに必要な空間を移動する方法を、二重丸さんはおそらく解決しているのだ。

「タイムマシンは実現可能だが、生きている間に作れるかどうか」と言葉を濁したが、いつの日か二重丸さんはタイムマシンを作るだろう。

瞬間移動装置の教訓から、完璧な安全装置を張り巡らせたタイムマシンを。

必ず。

(つづく)