二重丸さんは仮想空間体験装置について饒舌に説明してくれた。

この装置は、現実に存在する・しないに関わらず、あらゆる時代のあらゆる空間を体験することができるらしい。

ビッグバンから宇宙の終わりまで。

自分の体内から宇宙の果てまで。

じいじもおれも、そこまでは期待してないのに、二重丸さんは途方もないものを作る。
マジかよ、と思うけど、古びた工場の内部を赤いロボットアームが飛び回って、ピカピカに磨き上げているのを日常的に目にしているし、試作品の段階で土星に行ったり、白亜紀の小惑星の衝突を恐竜たちと見てきた、と言って興奮していたから、マジなのだろう。

映像の資料があるものに関しては、それをもとに空間を再現した。
文章の資料だけの場合や、相反する解釈が存在する場合や、一切の資料がない空間については、二重丸さんと四畳半の人工知能による合理的な解釈で、空間が形作られている。

仮想空間体験装置は、使用する側の想像力や好奇心次第で、楽しみ方は限りなく広がる。
完成度が高ければ二つ三つ作るらしい。
二重丸さんの興奮ぶりを見ると、テーマパークに置いて、多くの人が楽しめるようにしたほうがいいかもしれない。
ぜひ三つ四つ作ってほしい。

この装置の特徴のひとつは、主人公である体験者はどんな状況でも死なないということ。
生命に危険が及ぶような状況を体験しても死ぬことはない。
たとえばパラシュートなしでスカイダイビングをした場合、奇跡的な自然現象が起きて、助かる。
クッションになるような竜巻が発生し、突然大地が裂けて大量の地下水が噴き出し、それに体を受けとめられ、危険が一転してアトラクションに変わる。
奇跡的な自然現象が間に合わない場合は、スーパーマンでもエヴァンゲリオンでも、お望みのキャラクターに助けてもらえる。

この装置には、それらを上回る能力に設定されたキャラクターが頻繁に登場する。
俵屋宗達が描いたものを、目立ちすぎないように水で薄めたようなキャラクター。
それが、風神と雷神。

(つづく)
八畳が作り出した最高傑作は、超小型全自動工場の四畳半。
四畳半が作り出した最高傑作は、試作品を除けば、四畳半は瞬間移動装置しか作っていないので、行方不明の瞬間移動装置、ということになる。

瞬間移動装置とともに消えた友人のことで心を痛め、調子が戻るまでに時間がかかった二重丸さんが、この二年間とりくんできたのが仮想空間体験装置。

二重丸さんの作業の多くは、二重丸さんの頭の中でおこなわれている。
(と本人が言ってた。)
それを四畳半が具現化する。
四畳半が作った試作品を、二重丸さんとロボットアームが操作し、データを集め、例によって工場の狭さを理由に解体し、さらに高い理想を追求した試作品に取りかかる。
このサイクルを何度も繰り返し、作品は成熟してゆく。

当初、仮想空間体験装置の完成時期は未定だったが、今年になってから、夏には完成する、と二重丸さんが言った。
今回の作品は、じいじが買うことが決まっていて、じいじとおれは夏が来るのを楽しみにしていた。

試作品の仮想空間体験装置は、マイクロバスほどの大きさだったものが、徐々にサイズを小さくし、最終的には形も大きさも、コンパクトな日焼けマシンのようなものになる、という。

日焼けマシンって、棺桶を連想させるよな。
じいじが脳出血で入院してるのに。
縁起でもないけど。

(つづく)
小泉二重丸さんはこれまでに冬眠用ベッド、万能調理器、小型全自動菜園、高速潜水艇などを作り、欲しいという友人に売ってきた。
しかし、小型全自動工場の八畳は売らずに解体し、ロボットアームも売らなかった。
悪用されることを防ぐためだ。
自分の目が届かない場所で、自分の作品が悪用されることを防ぐには、自分の目が届かない場所に八畳やロボットアームを置かなければいいのだ。

注意していても、悲しいことは起こる。

二重丸さんは瞬間移動装置を作ったせいで一人の友人と大事な作品を失った。

瞬間移動装置は売り物ではなく、二重丸さんはその楽しさを友人たちに体験してもらうことにした。
ある友人に二十四時間の約束で装置を貸した。
しかし二十四時間経ってもその友人は戻ってこなかった。
それから二年が経つ。
その人は現在も本来の生活に戻らず、あるいは戻れず、あちこち旅をしつづけている。

本人からはほぼ毎日、二重丸さんやじいじにメールで写真が送られてくる。
そのメールには文章がない。
いつも写真だけ。
二重丸さんやじいじは、帰ってくるように説得したメールを何度も送信したが、読んでいるか疑わしい。
電話は着信拒否になっている。
携帯よりもはるかに便利な物を手にしているので、話したくなれば、直接会いに来るだろう。
しかし二年経っても帰ってこない。
瞬間移動装置で空間を自由に移動できるようになって、傲慢になり、時間まで支配したいと思ったのかもしれない。
しかし瞬間移動装置では時間は操作できない。
ならば、とりあえずは、他人の都合で呼び出されることを拒否しよう、と考えたのかもしれない。
二重丸さんとじいじはこの件について何度も話し合った。
しかし結局は友人が自分の意思で帰ってくるのを待つしかなかった。
二重丸さんはその人に無視されたり、装置を返してくれないことを怒ってはいない。
その人の人生を一変させてしまったことに責任を感じているらしい。

優しいにもほどがある。

悪代官のような顔なのに。

(つづく)