常在戦場の心得では無く、実際に常在戦場
当該ブログのタイトル「常在戦場」←これは側線上長岡藩の是であったとか山本五十六元帥揮毫の定番とか色々言われておりますしかし小生がこの題目としましたのは自身への戒め「自戒」と本音の感想最近ワード検索で「常在戦場」としましてもなかなか出て参りませんそんなタイトルの小説があるとかでどうも影響を受けております加えて政治家の発言にも・・・友人達は「錠剤千錠」→家庭用常備薬か!「錠剤洗浄」→洗ってどーする!「常在線上」→一瞬常磐線上に見えるわ!「常在千畳」→広すぎて落ち着かないわ!などなどまぁ笑いを狙って来るのですが「常に戦場に在り」と言う意味で多用されておりますのは「・・・そんな心得で・・・」と言うお話←高齢者にとっては戦場戦場とは言い方を変えれば「生命を削る場」と言う事無論全員がと言う訳では無いにせよ安穏な立場を確定させてものを言うのが常識な政治家に「常在戦場」は無理常に戦場に在りその将たらんもの陣列の前に在りて戦を決せんものなりむしろ「臨兵闘者皆陣列在前」が「常在戦場」の心なのでございその「戦場」はこちらから仕掛ける事もありますが何時仕掛けられても応戦し適切に処理しなければなりませんその冷静を自身が常に持つ様にまぁ心掛けているのですが正直小生の全くいい加減な人生はまさに常在戦場まさかまさかこの平和な時代の平和なニッポンで武闘するとも思わなかったし真面目に生命の危機に立つ事一度二度ではございません戦国時代の小説も面白いのですがその参考書となりますのは佐々さんの書かれた「あさま山荘」や「判例」だったりしますたいした者では無いものの場に拠らず大小の生命をお預かりする立場にどうしてか居続けておりましてその将の心得ではなく生活姿勢にこそ常在戦場と言う言葉はずしっと応えて参りますクセになっているのですかね嫌です本当でも35年もそんな思考回路で来ますとどうも・・・それに基本は武闘派なもので(笑)ただその根本は安全誰も痛い怖い悲しいそんな思いをしないそしてさせない甘いと言われるかも知れませんがそれそれが根本なんですこればかりはその緊張を空想や妄想や仮想ではなく実感として味わった者で無ければ解らないのでしょうけれどね。