1982年11月14日
上野駅は異様な熱気に溢れておりました
翌日から東北・上越新幹線が
大宮から暫定開業する事になりまして
上野は北の玄関の役割を一時的に終える
その前日です
小学生の頃から
親類が多く居る
と言うだけではない
北海道
ただ憧れの大地
そこに行ける
常磐線荒川橋梁を
日中堂々と
新幹線のカラーリングな
重々しい
いや実際に車両重量も相当重いのですが
食堂車を含めた13両が
エメラルドグリーンの快速電車や
海老茶色の中距離電車
似た色の急行電車
肌色に赤い帯を纏った「ひたち」
そして
ディーゼルカー(58系)
と
在来型一般車
そんな中に鮮やかな印象の寝台電車は
とにかく目立ちました
二度
上野から青森まで乗りました
向かい合わせの座席が不評
との声も聞いたのですが
個人的には
実質A寝台相当の広さと
寝台車両対応の防音
それはそれは快適でした
昼過ぎに上野を出て
青森には日付を超える辺りに着きまして
青函連絡船は
11便(00時10分出航)
1便(00時35分出航)
へ接続しておりました
函館からは更に
釧路行や小樽経由の旭川行の
特急に接続
お昼ご飯は札幌で食べられました
大好きだった列車
それは憧れ
でした
その11Mの最終列車放送を
自身がやるとは
その前日までは思ってもみませんでした
14時32分
上野駅地平第三ホーム事務室に
「接近合図」が鳴りまして
第11M列車「みちのく」
は
静か・・・
いや
群がる鉄道ファンのストロボの中
入線しました
35年前
まだ国鉄だった頃
まだ普通列車の旅がミラクルだった頃
まだ車内で行き会う旅人達と
友人になって
数十年と付き合える仲になれた頃
そんな昔日の記憶。







