ブログネタ:歩く時は右側派?左側派? 参加中私は左側派派!
古来より少なくとも日本人は
右手を利き手としていた様子で
今日も継承されております
オールドカルチャー
そして
「しきたり」
に随分とその名残を観る事が出来ます
先日
我が鉄道輸送警備隊第三業務隊の
ほぼ定例となりました
「冬の特別研修」
として
日本舞踊の研修がございました
←日本舞踊の研修中。当該隊は
北総新選組
として
千葉県流山市流山二丁目にございます
流山新選組本陣跡(近藤勇陣屋跡)と閻魔堂の
観光防災ボランティア
を展開しております部隊でございますが
昨年より
「エンターテインメント面」
を前面に打ち出したコンテンツを
まぁ
色々考えて実施しているものです
第三業務隊副隊長・前田出雲守は
永年日本舞踊をしておりまして
指導者資格も所持しており
今回は創作舞踊を題として
日本舞踊を指導してくれたもの
で
「摺り足」
や
「扇」
の所作に於いて
「武家社会の名残」
を色々発見した次第
小生は言わば
鉄道史
からの視点でついつい物事を見てしまう
と言う癖がございまして
米国とは異なり
「左側通行標準」
となった経緯について
興味がございました
日本国有鉄道青函連絡船
既に廃止となってしまいましたが
津軽海峡の一部が
「公海」
でございましたこの航路は
国際的ルールに則りまして
「航海日誌は英語」
となっておりましたのにも関わらず
国際法とは異なり
「左側通行」
でありました
青森と函館の桟橋がそうなっていたから・・・
との説が強い様子でありますが
当時の地図などを拝見致しますと
「右側通行」
でも充分に桟橋が作れる状態で
その「本線」であります鉄道が
既に複線区間で左側通行となっていた
その踏襲と考えております
戦国時代が完結して
武士の主要兵装が
「太刀」
から
「大刀」
に変化したものの
それらは左の腰に装着する様にと
「固定」
されていたものです
←当世具足。上の甲冑は「当世具足」と呼ばれる
形態として戦国末期~幕末初期に使われた
「戦闘時標準」
の姿でございますが
戦国期まで良く見られる太刀は
馬上から地上の兵士に斬り込む為
「反り」
が下に向いております
画像の様に「反り」が上にある大刀は
地上対地上の斬り込みに有用です
で・・・
やはり左腰に装備しております
←小刀省略の武士形態。基本的にカタナは
右手で抜刀して
左手で握り
その後右手を添えて制御するものです
とある漫画が発端で
「左利きの剣士」
と呼ばれた人物は右腰に刀差してしまいましたが
これは創作とは言え
原作者が全くそれらの原則を知らなかった為の
「恥」
また別個にゲームを作った方々も
当然そんなものを知る努力すらしないで
消費者を小馬鹿にした態度で
右腰大刀装備の武士を描いたりしたもので
そもそも武人は「恥を知る」のが
根本精神
「恥を知らぬ」
とはこのことでございましょう
原則的に右利きで無ければ武士にはなれず
どの刀技流派に於いても
右利き・左腰装着が基本
その刀が通行時に接触しない様に
「左側通行」
が原則となったものです
万が一
鞘(刀身部分のケース)と鞘が
接触などしようものなら
「何だ!やるのか!」
と
斬り合いに発展したりして・・・
故に
「恋の鞘当て」
なんて言葉が発生したりするものですが
「武士」
とは言え
やたらと抜刀する事は不法行為で
抜刀しただけで取り調べにあったり
「鞘当て」
に限らず「正当防衛」の場合でも
切腹処分
となった事案もございますとか・・・
こんな事から
右利き・左腰装備が標準と言うか原則
になったものでございましょう
左側通行の原則が
「日本古来の伝統」
でございますように
交通事故でありましても
その保険割合が「100対0」には
なかなかならないのは
保険屋さんの勘定と共に
そんな「錆び付いた伝統的発想」が
何処かに残っているから・・・
なのかも知れませんねぇ。
